「気味の悪い子、こんな目の色、どこから……」
「気持ち悪い、近寄るなっ!」
 生まれたときからそう言われてきた私は、自分は気持ちの悪い子供だと自覚している。幼いころから向けられていた言葉の大半は理解できていたし、字もある程度したら読めるようになっていた。
 そんな私に、唯一優しい視線を向けていたと感じられるのがじいさまからの視線である。じいさまは私を産んだ人間の父親で、私を産んだ人間の母親は私が産まれたころにはすでに他界していた。
 じいさまのお嫁さん(じいさまはすぐにわしのお嫁さんは、と言っていたので他の呼び方をする暇がなかった)は、私と同じ瞳をもっていたそうだ。この瞳は遺伝性であり、非常に頭の回転を早くし記憶力を高める反面、元々ある脳のリソースは有限であるため他の人より"壊れる"のが早くなるのだと、じいさまは言う。
 脳のリソースも個人差が大きく、すぐに"壊れて"しまう人もいれば、"壊れる"ことなく一生を終える人もいるらしい。じいさまのお嫁さんは、"壊れて"何もできなくなってしまったそうだ。
 何があってもにこにこ笑って、喋るのはおろか、飲み食いすらしなく――できなくなってしまい、衰弱死してしまったのだという。じいさまは、そんなお嫁さんのことが大好きだったといった。
 お前も、その能力を活かして働くも良いし、なるたけリソースを使わずに普通の人と同じような人生を歩んでも良いと、好きな方を選んで良いと、選択肢を示される。私は――私は、遅かれ早かれ"壊れる"のだ、それまで存分にやりきったほうがすっきりできる、そう思った。
 私の脳のリソースが大きいことを祈って。

 じいさまを支えていけるだけの収入を得るため、仕事を始めた。さまざまな仕事をやってみたが、どれもうまく続かない。
 仕事を早くに覚えすぎることと、上のやり方が非効率すぎることに口出しをしてすぐにやめされてしまうからだ。私が悪いことをする仕事に就くことがなかったのはひとえにじいさまに迷惑をかけたくなかったことが大きい。
 じいさまには友人が多く、下町だと言うのによく遊びに来てくれる人が多かった。じいさまのお嫁さんと同じ瞳を持った私を見ると、決まって悼んだ目をしてから快活に笑ってくれる。
 そんな私のためにと多くの書物を持ってきてくれ、私はさまざまな知識を得ることができた。帝王学や商業術、経済学や経営学にはては剣術まで、ありとあらゆる専門書から、冒険書などの物語まで、本当にありとあらゆる知識を詰め込むことがしばらく楽しくてしようがなかったはずだ。

 じいさまの友人の一人であるバルカークどのは、そんな書物を特に多く持ってきてくれるうちの一人だった。最初の頃は書物を持ってくるたびに簡単な解説まで行ってくれていたのだが、あるときに私がこれまで読んだ書物の内容を完全に理解していることに気付いてそれをやめ、より専門的な書物を持ってきてくれるようになる。バルカークどのがもってくる書物を全て理解し、何の問題もなく使えるようになってきた矢先、じいさまが倒れた。
 じいさまの治療代を稼ぐため、私は仕事をもっと頑張るようになったが、限界がある。バルカークどのが私たちの境遇を見かねてか、私に王宮の仕事を住み込みで勧めてくれた。
 普通、王宮の仕事というものは身元が重要視される傾向にあるため、私のような根無し草はなかなか職にありつけない。しかも、侍女のような仕事ではなく、若君の経営学を教える立場を与えてくださるというのだ。
 若君はまごうことなき王の子供であったが、母親が市井の出のため最近になって王宮入りしたらしい。もともと住んでいた場所がスラムだということもあり、さまざまな勉学の面で、若君に教えたがらない人が多いく、困っているのでちょうどいい、とのお言葉までいただいた。
 それならば、とバルバット王国へと住み込みで仕事をさせていただくことになった。バルバット王宮に住み込みで働いているというだけで治療を受ける待遇がよくなる。

 それでもじいさまは、あっけないほど簡単にルフに返っていった。私にルフは見えないし、感じられないにも関わらずじいさまがルフに返った頃に一瞬、周りがあたたかくなったのは……あとから考えれば、がんばれ、と言われていたときと同じ気がする。私は、そのまま働き続けた。

 私の仕事相手というは、言わずもがな若君であり、私よりも年若いまだ小さな少年だった。バルカークどのにならい若と呼ぶと少し照れたように笑う少年は頭がよく、その年の子供と比べても飲み込みが早い。自分で考えることも向いている。
 バルカークどのも剣術の飲み込みが早いと言っていたのたから、多才なのだろう。このままいけば、良い指導者になれるだろうと思えた。
 その頃、若は兄王のサブマド王子とお話しするようになり、ますますその傾向が強くなると思われた。兄王が二人もいるなか、若が王位継承することはまずないと思うが、補佐していく立場としては十分である。

 若のお父上である王は非常に聡明な方で、私の"能力"についても理解してくださった。非常に尊敬できる、素晴らしいお方だ。商業術の才もあり、王自らがうまく執政している非常に素晴らしい国だった、バルバット王国は。
 うまくいっていると思えたさなか、国王さまが床に臥せる日が多くなってきた。ご高齢とはいえないながらも若くはない身体で、気苦労も多かったのだろう。
 ある日、若を寝所におよびになった。臥せっておられる間に呼ばれるほど、若が王に信を置かれているのかと思うと感慨深いものがある。
 しかし、その後若は王宮を襲った賊にやられて倒れた。若の倒れている間に、国王さまはルフに返られてしまい――、アブマド第一王子が王位についた。

 アブマド王は、まったく自分が良いようにすることだけで頭がいっぱいのようであった。それなりに愛着の沸いた王国で、すばらしい職にありつけ、尊敬できる人もいたこの国――。
 しかしアブマド王は、それらすべてをもってしてもいられないほど脳のない国王だった。私は、若の目が覚めたらすぐにここを立とうと決意する。

 目覚めた若は、何かにおびえるようにバルバット王国を発って行った。どうしてなどという気はないし、若もきっと話す気はないだろう。私は、バルカークどのに暇を申し出、バルバット王国を後にした。

さよなら、お元気で。

(あたたかいルフは)(いつだってそこにあった)