「ウェルテをよべ。すぐにだ!」
 はぁ、と返事をした私は、白羊塔までゆっくりと足を運ぶ。煌帝国から帰還したシンは、立ち直ったアリババくんとアラジンを見るなり先ほどのような発言をしたのだ。
 せっかく立ち直ってあんなに食欲旺盛になったというのに、一体何が不満だというのだろうか。アリババくんとアラジンは、大切な友人を亡くしたばかりにふさぎ込んで食事すらまともにとらずにいた。
 そのため、侍女たちが用意する料理にもなかなか手を付けずに困っており、私やウェルテ、マスルールやモルジアナなど彼らが少しでも知っている、楽になれる人だけを部屋に入れることにし、なんとか食事をさせようと奮闘していたのだ。いったい何が不満だというのか、というかウェルテの上司は私なのだから私に聞けばいいのにまったくウェルテだって忙しいのに云々、口に出ていたらしい、すれ違った武官に怪訝な目で見られていることに気付いて口元を覆う。

 白羊塔につき、中をのぞくとウェルテがいない。一番近くにいた文官(彼は文官特有の前掛けをしているにもかかわらず、よく武官に間違われる体格の持ち主だ)に問う。
「ウェルテはどうしました?」
「ウェルテどのなら先ほど、ヤムライハさまにつれらて黒秤塔のほうに行きましたよ」
 ヤムライハさまは興奮したように引っ張っていったのでたぶんなかなか解放されないと思います、と苦笑しながら付け足された言葉にどうしようかと悩む。一応黒秤塔まで足を向けておこうと思い、足を踏み出そうとすれば文官がウェルテどのなら今週の仕事は終わらせていますよ、とさらに付け足される。
 わざわざ付け足されずともわかっていることであり、なんとはなしに眉間にシワがよっているのを感じた。はいはい、だなんて心ここに非ずの返事をして踵を返す。

 黒秤塔のヤムライハの部屋の前にくると、中からヤムライハとウェルテの声が聞こえてきた。
「水魔法に雷魔法の、」
「でもそれは、」
 相も変わらず議論は白熱しているらしい。ウェルテの思考能力は高く、魔導士ではないにしろ理論は細かく理解しており、そのためヤムライハによくつかまっては実験の手伝いや議論の相手にされているそうだ。
 コンコンコン、と一応ノックをしてから入りますよ、と声をかけてドアを開ける。
「あ、ジャーファルさま!」
「えっ」
 ヤムライハは一人だとなかなか気づいてくれないのだが、ウェルテがいるとすぐに気付いてくれてとてもありがたい。ウェルテは失礼します、と一言ヤムライハに断りを入れてからどうかしましたか、なんて駆け寄ってくる。それだけでほんのりとできていた眉間のしわが和らぐのがわかった。
「シンがあなたを呼べとうるさいのですよ、少しきてもらっても大丈夫ですか?」
「あ、えーっと……はい、大丈夫です」
 少し考えるように上を見たウェルテはそう答えると、くるりと後ろを振り返ってヤムライハにこの続きはまた、と告げる。ヤムライハもシンが呼んでいるとわかればこれ以上は引き留められない、と思ったのかしぶしぶと送り出してくれた。
 ウェルテと並んで歩くこの距離に、ほっとする。なぜだかは分からないが、落ち着くのだ。

 シンのもとへ戻ると、モルジアナとマスルールがそわそわとしていた。シンがいらいらとしているかららしい。
「ウェルテを連れてきましたよ、シン」
「なにかご用でありましょうか」
 ウェルテが手を組み首を垂れる。ウェルテがシン相手にすぐにこの体制になるのは、できるだけ顔が見たくないから、らしい。まあしようがないな、と思わなくもないので何も言わないことにしている。
「なにかご用じゃない! なんなんだこのアリババくんとアラジンは!!」
「なんなんだとおっしゃいましても……」
 不審そうに眉をひそめる私とウェルテ、怒るシンにアラジンとアリババくんはおろおろとしている。何度も言うとおり、アリババくんもアラジンもご飯を食べる気力すらなかったのが、こんなにふくよかになるまで食べれるようになったのだ。
「いったい何が不満なんですか、シン! こんなにふくよかになるまで食べられるようになったというのに……」
「どう見てもふくよかになりすぎだろう!!」
 怒鳴るシンに、ウェルテと思わず顔を見合わせる。なりすぎ? アリババくんとアラジンを視界に収め、眺めてみる。
 アリババくんはすこしふっくらして、うん、このままひき締めたらいい筋肉になりそうな肉がついたな、と思う。アラジンは……全身がたぷたぷとしていて、子供ならかわいいくらいだろう。
「ジャーファルはやりすぎると思ったんだ! だからウェルテに任せたのに! お前もか!」
「はぁ……」
 やりすぎるとはなんだ、と思えば私が子供に甘いのが原因だという。子供は守るべきなのだから、少しくらい甘やかしたっていいじゃないかと思うが、やりすぎだと怒られる。
「食べられなくてやせ衰えるよりも、いつかは筋肉になる肉を付けているのだからよいではありませんか」
「それはそうだが……」
「それに、若たちを連れてくるだけ連れてきて、どうするおつもりなのかはしりませんが、モルジアナのように師匠を付けて体を動かせておけばよいものを」
 ウェルテは顔も上げずにつらつらと反論する。実際、ウェルテは楽しそうにご飯を食べる彼らに、勉強を教えたり剣術や魔術の理論を教えたりと、悲しいのを思い出してしまう時間を、彼女の時間が空くだけ彼らに費やしてきたのだ。
 うぐ、と詰まったシンは、しばらく遠い目をしていたかと思うと、アリババくんとアラジンに向き直り、「走れ」と一言言った。
 ウェルテを呼んできた意味は、いったい何なのだろうか。

この先の先

(しょんぼりとするアラジンに甘いものをあげたくなるのも、)(アリババくんの牙がゆっくりと丸くなっていくのも)