月夜に踊る二つの影。湖面に反射する大きな月明かりと、揺れる水面が夜の森から浮いていた。なぜだろう、どうしてここにいるのだろう、と片方の影が問いかける。もう片方の影は、君の夢だからだよ、と微笑んだように見えた。
 月がゆっくりと欠け始める。それは、月蝕のように目に見える形で訪れていた。
 二つの小さな影は、月が欠けるのにあわせて少しずつ大きくなっていく。大きくなった二つの影は、やがてひとつが小さくなり始めて――、
「……っ、はっ、」
 目が、覚めた。
 枕を握りしめたこぶしには青筋が浮いていて、指先に血が通っていない。一体、何の夢だったのか。わかっているのに、理解したくなかった。
「……くそっ」
 彼女が"そう"だと気づいてから繰り返し見る夢。それは、まるで毒のように夢を蝕んでゆく。顔を洗おうと溜めた水の前に佇んで、ひどく青い顔をした男がこちらを見ていた。
 それが自分だとわかるまでに大分かかったことに嘆息する。私は、何ができるのだろうか。考えたところでどうしようもないことだけは確かで。
 太陽を反射した髪が揺れた水面に映って、それがどうしようもなく不安をあおられた。

 こういう日には、いつも以上にカリカリしている、とはシンの談だ。不定期に摂取されるこの"毒"は、一日中体の中をぐるぐると廻る。まるで、血が循環するように。
 何かをしていないと、すぐに満ち欠けとともに小さくなっていく影を思い出して歯がゆい気持ちでいっぱいになる。どうしようもないことだ、そう思ったところで本当に"どうしようも"なくて。次から次へと仕事を終わらせる。
「ジャーファルさま、」
 普段ならばうれしいその声も、姿も、影でさえ――体の中に廻る"毒"を活性化して苦しい。すべてを隠して、装って、"普段の私"という仮面をかぶる。
 ばれていようといまいと、仮面をかぶることは必ずしなければいけないものとして自分の中に刷り込まれている。なにが、なにがいけないのだろうか。"毒"が蝕んでいくことが苦しくて……無性に切なくなった。

 どうにかしたいだなんて、烏滸がましい。
 そう笑う影は、いつだって彼女の、ウェルテの形で、声で、私の動揺を誘う。近付いたつもりで遠ざかって、同じ距離にいるつもりで遠ざかって、ふいに近づく。
『ジャーファルさまには、どうしようもできません』
 くすくすと耳に心地よいはずの笑い声さえ、"毒"として体を這い廻る。私には、どうしようも、できない。わかっていたとしても、それでもと思うのはいったいどうしてなのか、この時の私はわかっていなかった。

黒い影の"毒"

(毎晩見るようになるまで)(もうすこし)
(気付くまでは、)(まだまだだけれど)