「というわけで、いってこい」
「どういうわけなのかさっぱりわかりかねます」
 この人は、本当になにを思っているのかもしたいのかもわかりかねる。なにが楽しいのかにこにこ笑ったり、かと思えば急に真顔になったり。 ……まぁ、これくらい読めない人の方が人の上に立つには向いているのかもしれないが。
 それにしても、と目の前の人物にうろんな目を向けた。にやにやと意地の悪い笑みでこちらを見ている王は何かをたくらんでいる様であり、乗るには恐ろしいものがある。
 それにしたって、ジャーファルさまに対処できないものを私がいってどうにかできるとは思えない。しかも、書簡でのやりとりではいけない理由がわからない。
 詳しい内容が届いているのならば書簡で事足りるはずだ。書簡の内容を教えてくださらないため、どうにもこうにもできないわけである。
 それなのにも関わらず、ジャーファルさまのもとへと行けと言うのは些か、いや大いに理不尽だ。いいか、これは勅命だ。そう言われてしまえば、受けなくてはならなくなって。
「……承知いたしました」
 頭を垂れれて絞り出すように言えば、満足げに吐息をもらす王に殺意が芽生えた。

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「というわけで勅命で来ましたが、」
「あ の お と こ は …… !!」
 ふるふると震えるジャーファルさまとは裏腹に、ジャーファルさまと一緒に任務に当たっていた数人の文官はこれで安心だともろ手を上げて喜んでいる。その違いに訝しげにジャーファルさまを見やると、額に手をやっているジャーファルさまは私の視線に気付いたように身をこわばらせた。
 先輩文官が嬉しげに私の肩を叩き、肩を抱き寄せた上で耳元で囁く。
「ジャーファルさまの縁談ぶち壊せ」
 ……は? 縁談とはどういうことだろうか? しかもぶち壊せ? 意味がわからない。そもそもここには商談に来たはずではなかったのだろうか。
 目を白黒させているのを見かねてか、ジャーファルさまはべり、と擬音が聞こえたかのように先輩文官をはがし、私の両肩をつかむと私が説明しますとはっきりと言った。

「ええっとですね、」
 戸惑ったようにこめかみを揉みながら言葉をさがすジャーファルさまは、いささか……というよりも大いに混乱しているように見える。場所を変えたここは、ジャーファルさまがあてがわれている部屋であり、執務室でもあった。
 ジャーファルさまの座る机の斜め右前、私の定位置であるそこに腰かけようとすると、執務スペースとは別のプライベートスペースらしき椅子と机の前へとつくように促されたのでそちらに腰かける。向かい合うように腰かけたジャーファルさまを視界に収めた私は、こうやって向かい合うことはそんなに多くはないな、と不思議な気分になった。
 食事をとるときでなければ、ジャーファルさまはたいてい私の右半歩前にいるのだから。その半歩に、私の尊敬や敬愛、それとジャーファルさまからの信頼が含まれていると思うとうれしく感じられるため、その位置が非常に好きなのだが、これはこれでなかなか得難い経験かもしれない、とジャーファルさまと視線を合わせ、聞く体勢に入った。
「私たちが発つ前までにあった内容はわかっていますよね、」
 当事者ですし、と付け足された言葉にはい、と頷き言葉を返す。ジャーファルさまたち一部の文官は、こちらの国の財政が大きく傾いたために派遣された、一種の臨時執政官だった。
 この一団を送るときに、それなりに仕事ができる最少人数と決めて人選したのだが、私とジャーファルさまが二人で出向くと我が国が面倒だと王が駄々をこねたのだ。しぶしぶと人数を増やし別々にしたのだが、結局二人してこちらに来るのだったら最初のあのやり取りはいらないのだろうかと考えなくもない。
 王はいつだってそうだ、いろいろ詰めていっても気が変わればあっという間にひっくり返してしまう。しりぬぐいはいつだって部下の私たちに――主にジャーファルさまにやってくるのに。閑話休題。
 臨時執政官であったジャーファルさまになぜ縁談が、と思ったところで思い至った。ジャーファルさまはお仕事が非常にできる。
 そこでこの国の重役の娘か誰かに婿入りさせて、こちらの国で働いてもらおうという魂胆なのだろう。と思っていたら、ジャーファルさまが眉間にしわを寄せこめかみをもみながら吐き出した言葉は、「この国の姫になぜか気に入られてしまって、」でもう、頭が疑問符でいっぱいになった。
 いやでも、確かに皇女と婚姻させればシンドリアとのつながりもできるし、それになによりジャーファルさまは優秀だ、うまく取り仕切るのだろう。ジャーファルさまはため息をつきながら、国王が乗り気であり、国をあげていろいろ画策しようとされて困っているのだといった。
 一国の皇女である姫との婚姻では、生半可な理由では断れない。その旨を書面にしたため、王から無理である書簡を届けてもらおうとしたら私が届いたということらしかった。私が届いた、あたりで私も頭を抱え、二人してため息をつく。
「私、どうしたらいいんですかね……」
「どうしましょうかね……」
 とりあえず帰ったらあの王に一発どころかいくつか入れるための書類でも作ろうか、と算段をつけた。うんうん唸っていれば、先輩文官たちがひょっこりと顔を出して、書類をまとめる。
「ジャーファルさまがすでに結婚なさっていることにすればいいじゃないですか」
「いやしてないっていいましたし」
 先輩文官とジャーファルさまとのやり取りを眺めつつ、どうやったら切り抜けられるのかを考える。ジャーファルさまが困っているから、という大義名分の下思考を巡らせているが、本当にジャーファルさまのためなのかと疑問になる。うっそりとため息にならない息を吐き出して、出していただいたお茶に口をつけた。
「それならウェルテどのを婚約者ってことにすればいいじゃないですか!」
 吹き出しそうになったお茶を何とかこらえると盛大にむせて、ごほごほと咳がでる。楽しげに笑う先輩文官はおおそれならいけるじゃん! と名案だとばかりに笑い合っているが、ジャーファルさまを見て下さい、固まってますから。
 確かに、まあ私でなくとも婚約者がいる、となれば引き下がる、のかもしれない。ちらりとジャーファルさまを見やれば、両手を頭にやってぶつぶつと何かを呟いている。
 そうして急にぐるり、と顔をこちらに向けたジャーファルさまは、あせったようにそうしてもらってもいいですか、と真剣な目で言われ、その目に引きずられるかのように、私の口からはいつのまにかはいという返事が転がり出ていた。ほっとしたように微笑むジャーファルさまに、つきんと心が悲鳴を上げる。
「何か特別なことをしてほしいわけじゃないので、」
「というか普段どおりでいいと思います」
 ジャーファルさまがフォローするかのように出した言葉にかぶせていう先輩文官の言葉に、二人して訝しげにそちらを見やった。なんでもないかのように言ってのける先輩文官は、すでに夫婦みたいなものですしと爆弾を落として先輩たちは笑いあう。
 ぴしり、と固まった私たちをよそに、それでは、と退出していった先輩文官たちのドアを閉める音が時間の止まった部屋に、いやに大きく響いたのだった。

何かが変わろうとしていた

(混乱するばかりの脳内は)(一向に収拾がつかなくて)