星月学園の女子制服は、とてもかわいい。しかし、かわいいのと着やすいは同義ではなく、反比例していると思う。ぴったりしていて体のラインは出るし、スカートは短いし。
 こういうのって普通、生徒が勝手に短くして長くしなさい! って怒られるものじゃないの? 私は、こういうぴったりした体のラインが出る服は好きではないし、居心地が悪い。というかほぼ男子校の星月学園でこんな女子制服って何考えてるんだ、まったく。
 というわけで、ジャケットを着たくないわけだ。だってこんなにぴったりした服着たら体のラインが出る! 出ていいような体型ではない!
 男子のジャケットみたいに前を開けて着るデザインでもないし……。だったら男子のジャケット着ればいいのか! でも男子もジャケットは着てるし……と思ったけど、よく見なくても目の前にジャケットを着ていない人。
「翼先輩〜」
 私が呼びかけると、翼先輩は手元の発明品から少し視線を外し、こちらを見る。今日も生徒会室にはジャケットを着ていない翼先輩と、一部の隙もなくジャケットをきっちり着た颯斗会長、かわいらしい女子制服を完璧に着こなした制服に負けないくらいかわいらしい月子先輩がいる。
 月子先輩のようにスレンダーで、きれいでかわいらしかったらこの制服だって着れる、というか着たい。でも私はもっとだぼっと着たい、というよりむしろだぼっとしたものしか着れない!!
「ジャケット着ないならくださいー、というか貸しててください」
 私の唐突なお願いにきょとん、と首をかしげる翼先輩。どうしてこんなに大きいのにかわいいんだろう、と不思議になる。女子制服のじゃなくて、男子のジャケットが着たいんです、と告げるとああといいながらこたえてくれる。
「ん?ほしいのか?別にいいけど……」
「よくありません。しっかりした式典の時には着るんですから」
「そうですよねぇ……」
 翼先輩の言葉にぱぁと顔を明るくしかけたが、颯斗会長の言葉に少ししょんぼりする。翼先輩だって式典の時には着るんだ。
 いや、でも入学式は着てなかったような……? ジャケット嫌がるからな、先輩。かっこいいのにちょっと残念。
「ええー! 俺着ないよ!」
「着ないとダメです」
 翼先輩は口をとがらせながらいうけど、すかさず却下する颯斗会長。着ないものを借りられていい機会だと思ったんだけどなぁ……。
「翼先輩から借りられないとなると……たか兄の拉致るかな……」
 どうやってジャケットを手に入れるか、思い悩む。確かたか兄は成長期を迎えてジャケットを買い直していたはず……。などとあれこれ考えていたら颯斗会長が困ったように笑いながらいう。
「犬飼君が困ってしまいますよ?」
「いいんです! たか兄私に甘いので!!」
「ぬー……」
 ぐっと握りこぶしを作って言う。なんだかんだ優しいし、拉致るといっても借りることになるわけで、最終手段おばさんっていう手が残ってる!
 いつの間にか翼先輩は手元の発明品を見ながら唸っている。
「あ、でも颯斗会長言わないでくださいね! たか兄、私の『やったこと』に対しては甘いですけど、『やろうとしていること』には厳しいので!」
「犬飼君はそれでいいのでしょうか……」
「いいんですよ!!」
 どうせ男ものじゃなくてちゃんと女子制服を着ろ、だとか言われるんだ、面倒くさい。さあて、どうやっておばさんに根回ししようかなぁ。

****

 隣にいるちぃが、何かを悩み始める。何か新しい発明品の案でも浮かんだのかな?
 ちぃの研究は、面白い。俺とは全く違う視点から考えるから、すごく興味深くていつかちぃごと研究したいと思う。
「翼先輩〜」
 俺をよぶ声に、いじっていた発明品から視線を外し、ちぃを見る。ちぃはキラキラした目をして、いう。
「ジャケット着ないならくださいー、というか貸しててください」
 ジャケット? きょとん、と首をかしげてしまう。
 次の発明でつかうのかな? と思ったけど、女子制服のじゃなくて男子のジャケットが着たいんです、と言って少し笑ったので発明でつかうわけではないらしい。
 女子制服は嫌なのかな。俺もジャケット嫌いでカーディガン着てるからなんとなくわかるけど。
「ん?ほしいのか?別にいいけど……」
「よくありません。しっかりした式典の時には着るんですから」
「そうですよねぇ……」
 いいといったのに、すかさずそらそらにさえぎられる。ぬぬぬ、式典でも着たくない。
 というか卒業式だって入学式だってこのカーディガンで、ジャケットを着たのははぬいぬいに着せられたあの一回だけだ。
 ちぃはそうですよねと言って悩み始める。
「ええー! 俺着ないよ!」
「着ないとダメです」
 口をとがらせながらいうけど、そらそらはやっぱり駄目だっていう。ぬぅ、ジャケットいらないのに。
「翼先輩から借りられないとなると……たか兄の拉致るかな……」
 そういって悩み始めるちぃ。たか兄って、たしかちぃの幼馴染で、芝生眼鏡先輩。
 なんとなく、もやっとした気持ちが心に生まれて、見ていたくなくなって、視線を手元に落とす。俺は、どうしたんだろう。
「犬飼君が困ってしまいますよ?」
「いいんです! たか兄私に甘いので!!」
「ぬー……」
 そらそらが困ったように言うと、ちぃは、ぐっと握りこぶしを作って言うのが目の端にうつる。いやだな、そう思ったら、自然と口から唸り声が出た。
「あ、でも颯斗会長言わないでくださいね! たか兄、私の『やったこと』に対しては甘いですけど、『やろうとしていること』には厳しいので!」
「犬飼君はそれでいいのでしょうか……」
「いいんですよ!!」
 甘やかされているであろうちぃに、なんとなく嫌な気持ちが出てくる。変な気持ち。
 俺を甘やかしてくれるちぃが、誰かに甘やかされているという事実が、重い重いもやとなって心にのしかかる。
 なぜ? 俺はいらないのか、邪魔なのか、そんな思いが心をよぎる。またぬいぬいに怒られてしまいそうだけれど、それでも心にかかるもやは一向に晴れない。
 ちぃを芝生頭先輩に頼らせたくなくて、どうしてかわからないけど、どうして、俺はこんなもやもや。

 次の日、生徒会室に来たちぃに、ジャケットをあげた。だってなんだかすごくもやもやして、心の中をぐるぐるまわって、どうしてだろう頼られたい、って思って、そんな自分の感情の変化が怖くて、でも一人じゃないのもいいって教えてもらったから、これもきっといいことなんだと思って。
「あげる」
「えっ、でも、えっ?」
「翼君……? 式典の時には、」
「ちゃんと着るよ!」
 ちぃはひどく戸惑ったように、手元のジャケットと、俺の顔を交互にみて、混乱していて。そらそらはちょっとこわい笑顔でこっちをみて、ちゃんと着ると伝えた(でもたぶん着ない)。
「あ、ありがとうございます……?」
「うぬ!」
 まだ混乱したまま、お礼をいうちぃに満足そうに言う。でも笑ってほしかったのにな、そう思っていると、納得したのかえへへ、とはにかむように笑うちぃがなんだかかわいくて、かわいい?
 いつものきらきらの笑顔を浮かべるちぃや、きらきらを振りまく月子へのかわいい、と思う気持ちと違う、『かわいい』という気持ちに戸惑う。
 早速着るといったちぃは、女子用のジャケットを脱いで、俺のジャケットを羽織る。
「あ、でも翼先輩のだとおっきい」
 そういいながら余った袖をぱたぱたして感心しているちぃは、俺のジャケットを羽織っているせいでいつもより小さく見える。ちぃはたぶん、女の子の中だとそんなに小さくはないけど、やっぱり俺よりはずいぶん小さくて、ああ女の子なんだなって実感する。
 実感? 女の子だからってなんだ?
 珍しく自分の思考の流れが読めなくて、混乱する。悟られないようにその長い袖を折り返して、手を出してやる。
「袖は捲ればいい! ぬはは〜」
「ありがとうございます!」
 照れたように頬を染めてほわっと笑うちぃは、なんだかいつもと違う気がする。なんだろう、いま心がほわっとして、もやもやがすっと晴れて、すっきり……なんだろう、もっとあったかい気持ち、になった。

ジャケット事情

(ちぃは笑って)(俺が笑わせたい)
(先輩の、)(うれしい、な)