ちぃ、ちぃ、行かないで、ちぃ
 
 ぱっと目を覚ませばそこはいつもの自室の天井で。真上に伸ばしていた手をそっと落とし、自分の顔を覆う。ほんの少しの湿り気を感じて、また嫌気がさす。
 なんで、どうして、こんな夢を見たんだろう。ちぃが、どこかに行ってしまう夢なんて。

 いろいろ克服したと思っていた。もう、自分は強くなって、大丈夫だと思っていた。それなのにこんな夢なんて。
 寝返りをうち、壁と向かい合ってぎゅっと目をつぶった。いつもならすぐに睡魔が襲ってきて、あっという間に夢の中に入れるのに、いろんなことを考えてしまって全く寝付けない。
 上にかかった布団をぎゅっと握りしめて智里のことを考える。俺が不安定な時にだってずっと一緒にいてくれた。
 そんなことできるのは本当に好きだからだってみんなは言ってくれるけど、そういう姿ばかり見せてきたからこそいつ愛想を尽かされてもおかしくないと思う。こう言えば梓は呆れたように馬鹿じゃないの、と言うけど、俺はいつだって真剣で。
 呆れるくらいぐるぐるとまわる嫌な考えに、自分でも溜息が出る。ごろごろと寝返りを打っていると、そこにかかる声。
「翼さん? 朝ご飯できましたよ?」
 そう呼ぶ声に、俺はぎゅっと心臓がつかまれたような気分になる。起きてこない俺を不審に思ってか、近づいてくるちぃを、ぎゅっと抱きしめるとなんですか?と笑ってくれる。
 そんな些細なことに、俺はいらなくないのだと確信してほっと安心するのだ。
「智里、だぁいすき」
 そう言ってほほに唇を寄せれば、恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑ってくれるちぃがいとしいと思う。すき、だいすき。あいしてるよ、智里。

沈んだこころ

(こうやって抱きしめれば)(いとしさが募る)