インターハイがおわった。わかっていた、はずだった。
 まだ始めたばかりで、二年以上頑張ってきた月子先輩に勝てるわけはないって。でも、それでも勝ちたかった。

 最近私の射形はどんどん良くなって、それは的中率に現れてきていた。朝も、昼も、夜も、頑張って、いたのに。
 月子先輩は、綺麗で、かわいくて、それでいて勉強も、部活も、生徒会も、係の仕事も全部全部頑張って、しっかりやっていて……。翼先輩はいつも、月子がこんなことをして、だとか、書記が頑張ったからなんかで、とか話してくれる。
 嫌なわけではないし、私は月子先輩が大好きで、尊敬していて、あこがれているから、そんな話を聞けるのはとっても幸せなことなのに、どうしてか翼先輩から聴くときだけ心がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。書記、って月子先輩のこと呼ぶのも、少し苦しくて。
 去年まで、月子先輩は生徒会の書記を務めていて、でも今年は副会長になっている。それでもずっと書記、と呼んでいたのだろう、たまに書記と呼んでいるのを聞く。
 今の書記は私なのに、って思って苦しくなる。
 でも、月子って呼んでもぎゅってなる。
 颯斗先輩のことはそらそらってあだ名で、梓先輩以外のことは、みんなあだ名で呼んでいるのに月子先輩は月子って呼ぶのが、ひどく心が締め付けられて、どうしてか、もうぐちゃぐちゃになる。どんなことも月子先輩に勝てる気がしなくて、でも、そんな先輩になにか一つでも勝ちたくて、頑張っていた。

 でも、やっぱり、負けてしまった。先輩たちは、よく頑張った、って言ってくれたし、星月学園が1,2位を独占だって言って喜んでくれた。
 それはもちろんうれしくて、この短期間で、2位までいけたことだって、とてもうれしかった。それでも、すこしでもいいから勝ちたかったのに、負けてしまった。

 先輩たちの前では普通に、喜んでいられたと思う。月子先輩にも、おめでとうございます、ってちゃんと笑顔で言えたし、ちゃんとうれしいって思ってたからそこは大丈夫なはず。
 あのときああすれば、このときこうしたら、そんな後悔ばかりが浮かんではのしかかり、浮かんでは積もっていく。悔しい、その気持ちを梓先輩に見抜かれてしまったのはやっぱり当たり前だったのかもしれない。
「まあ、先輩はお前よりもっと頑張ってたんだから当然の結果だろ」
「そうですけど、でも、」
 梓先輩は、ストレートに物事をいうからすごく心にグサッとくる。わかってる、そんなことはわかってるけど、それでも勝ちたかったんだ。
「あと舞台慣れしてないのもあるだろ、公式戦は初めてだ」
「……はい」
「まあ来年は大丈夫じゃない?」
 梓先輩は心をえぐりたいのか、それとも慰めてくれているのかわからない。でも、と続けて
「来年は月子先輩はいなくてっ、」
 梓先輩はあきれたようにはぁ、とため息をついてから、
「当たり前だろ。お前が先輩に勝とうなんて無理だよ」
「先輩に勝ちたかったのに……」
 言っているうちに、鼻の奥がつんとしてきて、目頭が熱くなる。あ、泣いちゃだめだ。そう思ってぐっと力を入れて我慢する。
 梓先輩の無理が、弓道だけでなくて、すべてにおいてという意味に聞こえ、苦しくなる。
「……はぁ、無理だよ。お前は別のところで勝てばいいだろ」
 弓道だけの意味だったらしいけど、それでもすべてにおいてじゃないかと勘繰る。だって、私が先輩に勝っているところなんて一つもない。
 だんだん、我慢が聞かなくなって、鼻水まで出てくる。鼻水がきたら決壊はすぐだ、あぶない。
「木ノ瀬、お前言い過ぎじゃ」
 そのとき、タイミングよくたか兄が現れ、梓先輩に言った。でもね、たか兄、梓先輩は何にも間違ったこと言ってないの。私が勝手に悲しくなっただけなんだよ。
 それでも泣けてきたことが悔しくて、少したか兄に甘える。
「たか兄、梓先輩がいじめるっ」
 そういいながら抱き着いて、少し泣く。たか兄は昔みたいに、頭をぽんぽんと撫でてくれて、それが泣いていいよって言われているみたいで涙と鼻水が手で来て止まらなくなって困る。
 顔をたか兄の胴着にぐりぐり押し付けて、甘えていると、梓先輩もたか兄もハァとため息をついた。しょうがないな、っていいながら撫でてくれる手は昔と変わらなくて、
「お疲れさまなー」
 その瞬間、元気な声の翼先輩が、だんだんしりつぼみになりながらやってきて、
「ぬは、は、どう、したのだ?」
 とひきつったような声を出す。
 なぜか私はひどく焦って、泣いていたことも知られたくないし、見られたくなし、たか兄に抱き着いていることもなんだか恥ずかしくなって(今までこんなこと一度もなかったのに!)でも今の顔はひどくて、そのままたか兄の胴着に顔をこすりつけて。そうして急いで翼先輩のほうを振り返って、笑顔を張り付けていう。
「翼先輩!聞いてくださいよ〜梓先輩がいじめるんですっ!」
 うまく笑えたかな、いつも通りのふくれっ面ができてるかな、翼先輩のほうへ駆け寄りながら思う。こっそりたか兄ごめん、と思いながらそのまま放置。
 翼先輩が、ほっとしたようにぬぬぬ?っていいながら頭をぽんと撫でてくれる。翼先輩に撫でられるのと、たか兄に撫でられるのがこんなに違うなんて思わなかった。
 なんだか、ドキドキして、心臓が口から出そうな気がする。
「別にいじめてないよ、本当のこと言っただけ。ホント、お前らバカだよね」
 梓先輩ははっと鼻で笑ってからそういい、行ってしまった。あれ、たか兄はいつの間にいなくなったんだろう。
 というか、梓先輩お前「ら」って……私は、まあわかるけど、翼先輩、も? よくわからない。
 なんだか少し気まずい気がする。何だこの空気。
「お疲れ様、なのだ」
 翼先輩はそういいながらもう一度頭を撫でてくれた。ほわっとあったかくなって、ふわふわとした気持ちになる。今度は自然に笑みがこぼれる。
 うれしいな、あったかいな。
 でも、自分がまけてしまったことを思い出して、翼先輩に言わなくちゃって思って、泣かないように気を付けながらいう。
「月子先輩に負けちゃいました」
 えへへと笑いながら言ったのに、翼先輩のほうが悲しそうな顔をしていた。翼先輩は優しいから、「月子先輩に」ってところがどうしていいのかわからなくなってしまったのかもしれない。
「月子は頑張ってたからな、」
 ああ、ぎゅっと心臓が痛く、苦しい。悲しそうに、困ったように笑いながら言われて、さっきおさまった涙がまた出てきそうになる。
「いや、ちぃも頑張ってたよ!」
 私の顔が相当ひどかったのか、わたわたしながらいう翼先輩。
 ごめんなさい先輩。でもありがとうございます。
 先輩が頑張っていたのを知っていてくれただけでちょっとうれしいです。
「月子先輩は、何でもできてうらやましいです」
 ぽろりとこぼれてしまう。ああいうつもりなんてなかったのになぁ。
 翼先輩は困ったようにうぬぬ、とうなってできないこともあるぞ、といった。翼先輩を困らせることとか?
 ダメだ、ネガティブになっている。私にできるのは負の方向だけじゃないかって考えてしまう。
「そんなことないですよ、」
 ああ気まずい。この空間はひどく気まずい。翼先輩は励ましてくれたけど、でも私はなんだか悲しく、苦しくなってしまって。
 どうしたらいいのかわからない。その時、集合だよ、と声をかけられてほっとしたのは私だけじゃなかったのだろう。
 さっきのことなんか、忘れてください、先輩。

****

 最近、翼先輩が生徒会室に来ない。こないだのインターハイでの気まずいの引きずってるのかな……。ううん、気にしなくていいのに。
 翼先輩にとって、月子先輩ってどんな人なんだろう?
 気にしちゃダメだ、そう思ったって、気にしてしまう。最近の思考回路は大半が翼先輩と月子先輩が占めていて、どうしていいのかわからない。
 翼先輩は、月子先輩が好きなのかな、好き?
 え、好き、いや、え? ……ああそうか。私、翼先輩が好きなのか。
 わかったと同時に失恋なんてやってられない。でも、このところの心のくるしさや、もやっとした気持ち、翼先輩といるときのほわっとした気持ち、翼先輩と月子先輩が仲良しなのを見るくるしさは、これからくるってわかって、少しほっとした。
 好きだ、好き、翼先輩が、好き、自覚するだけでこんなにほわほわした気分になるなんて驚きだ。失恋だって、わかったけど、それでもきっとどうにかなるのだろう、自分の気持ちが徐々に変わっていくことに期待する。
 さあ、今日もちゃっちゃと仕事を片付けよう、そう思ってとりかかろうとしたときに生徒会室に近づいてくる大きな足音。誰だろう?
「ちぃ!! ちょっときて!」
「え!?」
 翼先輩がガラッとドアを勢いよく開けると、私を呼んだ。びっくりして戸惑っていると、いいから早く、と私の腕をつかんで(大きい手だなぁ)、ぐいぐいと引っ張っていく。
「翼せんぱっなんですかっ!?」
「ぬはは〜なーいしょっ!」
 いつものウィンクをしながらいう翼先輩は、どうしたんだろう。ううーん、気まずいとかじゃなかったのかな?
 翼先輩はずんずん歩いていくから、半ば引きずられるように小走りでついていく。コンパスが違うんだってば!!!
「ほらっ」
 そういって開けたドアは、屋上庭園へつながるドアで、屋上庭園にようがあったのかな。急ぎ足できたせいで呼吸が少し落ち着かない。
 翼先輩はそんなことお構いなしにある一点を指して、
「ちぃの設計した発明品なのだ!」
「え……?」
 そこにあるのは、この間設計した虹を見つけるための装置。光の角度とか、水分の含有量だとかを分析するのが難しくてちょっと放置していたものだ。
 すごい、翼先輩はあの不完全な設計書から作ったんだ……!
 私はすごいすごいと喜び、発明品まで走っていく。はぁあ、こんな方法があったとは。
「……俺の作る発明品の原案なんか、月子にはできないよ。ちぃにしかできない」
 そういって、少し笑いながらこちらにくる先輩は、すごく大人で、どうしたらいいかわからなくなった。月子、とそう呼ぶ先輩にちくりと心が痛んだけど、それでも私のことを考えてくれていたことがたまらなくうれしくてこころがぎゅっと震えた。
 ああ単純だったな、私には研究があった。月子先輩とはフィールドが違う、のだと思う。
 私は無理して勝たなくても、勝てなくてもいいのだと、そう初めて思えた。
「おいしいお茶も月子には入れられないしな! ぬはは」
 翼先輩はいたずらっ子のように笑いながらいうけど、私は知っている。翼先輩も、颯斗会長も、ほかの先輩も、先生だって、「まずい」といいながら楽しそうに飲んでいることを。
「……でも、先輩は、月子先輩のおいしくないお茶がすき、なんですよね」
 こぼれた笑みは少しいつもと違ったかもしれない。ああ恋って切ない。
 翼先輩はきょとん、としたあとぬははと笑って、
「ちぃの入れてくれるお茶のほうが好きだぬーん!」
 いつもの笑顔で、そういってくれた。だからは私はうれしくなって、心がぎゅってなる。
「それじゃあ、おちゃ、いれますよ、生徒会室、戻りましょ?」
 うれしいのに、うれしいはずなのになんだか涙が出そうで笑ってごまかす。翼先輩はうぬぬ、と唸ってから、ちょっと違う機能があって、それを説明してからだなって笑ってくれた。
 発明品の名前は私がつけていいというので、まだ考え中で名前がない。くまったくんと似たような、少し小さな猫のようなぬいぐるみは、外見に似合わない高性能で私を驚かせてくれた。
 先輩が私のために作ってくれた発明品は、私の宝物となって、きっとずっと大切にされていくのだろう。

****

「梓先輩!! 見てくださいー! 翼先輩が作ってくれたんですよ!」
「そ」
「もうちょっと何かないんですか!!」
 部活の前に梓先輩に見せる。たぶん梓先輩は翼先輩が作ってるのも知ってると思うけど、これが他の誰でもない私に作られたんだって嬉しくなって自慢する。
 反応が薄いのはいつものことだけど、なんだかくやしくて食い下がる。たか兄にはもうその日のうちに電話で自慢して朝から見せびらかしてきた。
 ウザったそうにしてたけどそんなの知らない! だって嬉しかったんだ!
「よかったね、だから翼はそんなこと気にしないって」
「……はい、ごめんなさい、ありがとうございます」
 梓先輩は鋭いなぁ、八つ当たりみたいなことしたな、って思って謝る。でもうれしくてえへへと笑みがこぼれた。

虹はどっち?

(恋は切なくて)(でも幸せになる)