弓道部のインターハイがある。こういう、応援の類は行ったことがなく、どうしようかと考えていた。
それというのも、梓が、星咲がんばってるよ、と珍しく口にしたからだ。
 梓はものに頓着が薄く、誰がどう頑張っていようと関係ないと考えている節がある。弓道部に入って、月子に出会ってからは少し変わったようだったけど、それでも月子以外の話が出るのは珍しかった。
 それだけではない。
 俺がめずらしく気に入っている後輩のちぃは、俺に思いもよらない発明のアイディアや設計をくれる。視点がまるで違って面白い。
 いつもは部活と生徒会と両方頑張っている彼女だけど、最近はインターハイ前で朝も夜もずっと部活をしている。最近会えていない、そう思うと行ってみようかなという気持ちになった。
 
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 ちぃは、よく頑張っていた。
 初めてだろう、大舞台に、緊張からかひどくこわばった顔をして、そこに立っていた。月子に負けて、2位になってしまったけど、でもそれでもよくやったと思う。
 悔しそうな顔をしていたけど、それでも彼女は月子のことを慕っているのでしょうがないと考えるのだろうか。少しなきそうな顔をしたちぃはひどく頼りなさげで、はやく笑わせてあげたいと思った。
 俺のちぃに関しての思考回路は思わぬ方向へ転がることがおおく、自分でもよくわからない。でも、ちぃには笑っていてほしくて、笑わせたくて。早く会いに行きたい。

 梓の後ろ姿が見え、俺は声をお疲れさまと声をかけ、た。そこには梓と、ちぃと、芝生眼鏡先輩が、いた。ちぃは、なぜか、芝生眼鏡先輩に、抱きついて、芝生眼鏡先輩は、ちぃの頭を撫でて、梓は呆れたように、溜息をついて、そこにいた。
 なんだ、これ。
 心がぎゅうっと締め付けられたように、くるしく、重くなる。今すぐ視線を外して、踵を返してしまいたい。でも視線は外れなくて、声は出てしまっていて。
 どうしよう、いやだ、なんで、そんなことがぐるぐる回って、どうしていいかわからなくなる。
「ぬは、は、どう、したのだ?」
 ひどくひきつった声がでた。
 さっき、お疲れさまと声を掛けてしまってこちらに気づかれていたし、もうどうしようもなくて。どうして俺はこんなに混乱してる? わからない、でもなんでかぐるぐるして、どうしていいかわからなくなる。
 ちぃはびくっとしたようにこちらを振り返って、少し赤い鼻と目をしたまま、ひきつった笑顔で近寄ってくる。
「翼先輩! 聞いてくださいおよ〜梓先輩がいじめるんですっ!」
 いつもと同じような顔をしているつもりなのだろうけど、目がうるんで赤くなっているので笑顔になってない、気がする。ぬぬぬ、梓はちぃに何をしたんだろう、ちぃが、泣く、なんて。
 俺はちぃの頭をぽんぽんと撫で、きっと梓をにらむけど、梓は
「別にいじめてないよ、本当のこと言っただけ。ホント、お前らバカだよね」
 はっと鼻で笑ってそういうと、行ってしまった。芝生眼鏡先輩もいつの間にかいなくなっていて、ちぃと二人になる。
 というか、「お前ら」?
 いつもなら、馬鹿じゃないぞと言い返すところだけど、頭の中がぐちゃぐちゃでよくわからなくっている。ぐるぐるする思いを悟られなくて、俺はもう一度ちぃの頭を撫でて言う。
「お疲れ様、なのだ」
 ちぃはほわっと、嬉しそうに笑ってくれて、ひどく嬉しくなる。そうすると心の中の重い思いがふっと軽くなって、もっと見ていたいと思う。
 ちぃが笑ってくれるのはうれしい。
「月子先輩に負けちゃいました」
 ちぃはえへへと笑いながら言ったけど、どうみても悲しそうで、つらそうで、見てるこっちがつらくなる笑い方だった。知ってるよ、見てたから。つらいのにわざわざ言わなくてもいいのに。
「月子は頑張ってたからな、」
 ああ間違った、ちぃの顔がもっと悲しそうにゆがんだ。こういうときになんと言っていいのかわからない。
「いや、ちぃも頑張ってたよ!」
 すぐに言うけど、ちぃの顔は晴れなくて。
さっきみたいに笑ってくれたらいいのに、と思いながら、どうしたら笑ってくれるかなと思いながらあれこれ考える。ちぃは何がすき? 何を言ったら笑ってくれる?
「月子先輩は、何でもできてうらやましいです」
 ぼそりと、こぼれたようにそういったちぃは、やってしまったと顔をしかめる。月子は確かに頑張り屋さんで、いろんなことをやってるけど。
 うぬぬ、とうなりながら、できないこともあるぞといったけど、ちぃは納得してないように
「そんなことないですよ、」
 と言って苦笑する。どうしたらいい? ちぃは、できることいっぱいあるのに。月子と比べてどうするのだろう、ちぃはちぃができることをすればいいのに。
 そう思ってもどう口にしていいかわからず、もやもやとする。なんといおう、そう思って考えているうちに、ちぃは集合だと呼ばれ、行ってしまった。
 どうしたらちぃは元気になってくれるかな、笑ってくれるだろう?

****

 ラボへ入った俺は、一枚の紙が落ちているのに気がついた。何かの……設計図?
 こんなところに置いておいただろうか、と内容をみると、俺の設計図ではなくてちぃの設計図だった。これはたしか、虹を見つけるための装置で、光の角度だとか水分の含有量だとかを分析するとちょっと難しくなるから、って放置していたはずだった。
 どうしてこれがここに? と思ったら、ラボのちぃのスペースに近い窓があいていて、ちぃの設計図や計算した紙などが飛ばされかかっていた。あわてて窓を閉めて、散らばった紙をまとめる。
 ちぃはすごい、俺が考え付きもしないような発明を考え付いたり、方法を思いついたり。どうしてあんなこと思いつくのかな。
 ……そうか、ちぃにはこれがあるよ、って教えてあげればいいんだ。簡単なことだった。
 ちぃの設計図をもとに、俺がアレンジして、もっとすごいもの作って、ちぃにしかできないって、教えてあげればいい。俺はちぃの発明が好きで、研究も好きで、必要だって。
 俺のこと必要って言ってくれた、ぬいぬいや、そらそらや、月子がいて安心できたけど、ちぃもそういう気持ちなのかもしれない。
 だったら俺が言ってあげればいい。
「ぬはは、どうして気付かなかったんだろう!」
 なんだかわくわくしてきた。そうと決めたら、さっそく作ることにしよう。
 ラボでやってたら見つかっちゃうからこれは部屋で作ろう。

****

 やっとできた。予想以上に時間がかかって、手間取ったけど。
 ちぃは、よろこんでくれるかな。笑って、くれるかな。ちぃが笑ってくれるとうれしい。早く見せたいな。
 そこではたと気が付いた。どこで見せたらいいだろう?
 これはちぃのためだけに作ったから、ちぃに一番に見せたい。教室、はたぶんだめ。人が通るし、一番じゃなくなる。生徒会室、ラボもきっとそらそらか、月子がいる。
 あと、どうせなら実際に使って見せたい。そうなったら外のほうがいいかな、中庭? 屋上庭園?
 屋上庭園にしよう、あそこなら遠くまで見渡せる。決まったら今すぐにでもちぃを連れて行きたい。この時間なら、たぶん生徒会室にいるだろう……と思ったら、もう、俺は走り出していた。
「ちぃ!! ちょっときて!」
「え!?」
 俺は生徒会室のドアを勢いよく開けながらちぃを呼んだ。ちぃはびっくりして戸惑っているのにもう待ちきれなくなって腕をつかんで(ちいさくて、細い…な)、どんどん引っ張っていく。
「翼せんぱっなんですかっ!?」
「ぬはは〜なーいしょっ!」
 戸惑ったように聞くちぃに、言いたいけどびっくりさせたくて、まだ内緒だといいながらウィンクする。ああもう早く笑ってほしい。
 そう思えば思うほど足は速く進んでいく。
「ほらっ」
 そういって屋上庭園につながるドアを勢いよく開ける。ちぃは俺に追いつくのが大変だったのか、呼吸がすこし乱れている。
 でももう早く見せたくて置いておいた発明品を指さしながらいう。
「ちぃの設計した発明品なのだ!」
「え……?」
 ぽかーんとした表情でそれを眺めていたちぃだけど、どんどん顔が輝いて、すごいすごいといいながら発明品まで走っていった。ちぃが笑ってくれたことにほっとして、伝わるかわからないけどいう。
「……俺の作る発明品の原案なんか、月子にはできないよ。ちぃにしかできない」
 ちぃだけができるんだよ、だから、ちぃが必要なんだよ、そう意味をこめて言う。
 近寄っていくときに、ちぃはちょっとだけ悲しそうな顔をしたけど、すぐにうれしそうに笑ってくれた。
悲しそうな顔の原因はなに?
 また俺は何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか、でもすぐにうれしそうに笑ってくれたから、気のせいだということにしておく。ちぃがわかってくれればいいと思う、ちぃにしかできないことがいっぱいあるってことに。
「おいしいお茶も月子には入れられないしな!ぬはは」
 少し恥ずかしくなって茶化していえば、少し歪むちぃの笑顔。だめだったかな、これは。だって月子のお茶は壊滅的にまずい、のに。
「……でも、先輩は、月子先輩のおいしくないお茶がすき、なんですよね」
 悲しそうに笑いながらいうちぃは、つらそうで。どうしてまずいお茶が好きだなんて思うんだろう、俺はおいしいお茶が好きだ。
 そう思ってきょとん、としたけど、ちぃは月子と比べられるのが嫌なのか、と思っておかしくなる。誰も比べてなんかないのに!
「ちぃの入れてくれるお茶のほうが好きだぬーん!」
 だっておいしいお茶は好き。でもそらそらのいれるお茶よりちぃのいれるお茶のほうがほっとして好き。
 そんなことを思っていれば、ちぃはなんだか泣きそうな、うれしそうな、複雑な顔をして笑った。
「それじゃあ、おちゃ、いれますよ、生徒会室、戻りましょ?」
 そういったけど、どうしてだろう、もうちょっとこのままでいたかった。お茶が飲みたくないわけじゃない。
 でも、生徒会室に戻ったらそらそらや月子がきっといて、ちぃを独り占めできない、なんて思ったらここにいたくて。独り占めしたいなんて、子供みたいだな、自分でそう思いながら、でも嫌な感じはしなくて、なんとなく幸せな気分になりながら、どうやってここに引き留めようか、そんなことを考えている自分に少し笑う。
 くまったくんよりも少し小さなぬいぐるみは、くまったくんとならぶとまるで俺とちぃのようにころんと仲良く座っていて、並べて置きたくなる。ああ、こんなに楽しいのは久しぶりで、ちぃも同じくらい楽しんでくれてたらいいな、そう思った。

虹はどっち?

(独りじゃ楽しくない)(笑って、)