翼先輩が卒業してから、先輩はアメリカに住んでいて、どうやらとても忙しいらしく、翼先輩が、あの先輩が! 発明を断念するレベルで忙しいらしい。そんな忙しい先輩と、受験で忙しい私は、一か月に一回程度の電話でコミュニケーションをとっていた。
 先輩の学生時代よりもコミュニケーション頻度が落ちたのは仕方のないことだった。さびくない、と言ったらうそになるけど、それでも先輩の疲れた声や、研究や実験の話を聞いていれば忙しいのもわかってわがままを言う気にすらなれなかった。
 それでも、交友関係が広がった先輩は誰それが、という話が多くなり、何とはなしに悲しい気持ちが多くなる。自分が受験勉強がうまくいかなくて、イライラしていたのもあるのかもしれない、こんなことを言ってしまったのは。
「先輩に、私のことなんかわかりません」
「……そりゃ、わかんないけど……」
「……そうです」
 私、星咲智里は、進路を星月学園系列の工学系の大学へと進学を決めた。翼先輩みたいに宇宙工学ってものちょっと考えたけど、アメリカでの先輩の生活を聞くと、とてもじゃないけど私には耐えられるような生活じゃないということがわかって、断念した。
 私はコンピュータ関係の設計に興味を持ちだしたので、そっち方面へ行くことにしている。先輩がやっていたようなアナログ回路にも興味はあるけど、デジタル系だったら先輩の分野じゃ事足りないわけで…何が言いたいかといえば、先輩ができないことができるようになりたい、ただそれだけだった。
 それなのに、先輩は嫌だ、と言ってきかない。どうしてわかってくれないのだろう、と思うと悲しくもなるし、イライラもしてくる。
「そういうことですので。それでは」
「あ、ちょっ!ちぃ……っ」
 ピッ
 何か言ってたようだけど、これ以上聞いていたくなくて切ってしまった。はぁ、せっかくの月に一回の電話だったのに、こんなに嫌な気持ちで話をしたくなかったなぁ。
 でも、今はイライラとした気持ちが強く、どうしてわかってくれないのか、そんな気持ちばかりが募る。自分の進路は自分で決めたいし、自分で決めた道を進みたい。
 先輩はそれで納得してくれると思っていたし、先輩だって自分で決めた道を勝手に進んでいったのだし、とそう思ってまたイライラとした気持ちがこみ上げる。
 ああもう、いやだ。
 まだ早いけど、もう寝てしまおう、そう思ってベッドに入った。

****

「そういうことですので。それでは」
「あ、ちょっ!ちぃ……っ」
 ピッ
 切られちゃった。
 ちぃが、今更進路を教えてくれたのだけど、それは俺の専攻分野とは近いようで遠くて、どうしてだろう、って思ってしまった。漠然と、ちぃは俺と同じ道に進むのだと、そう思っていたのだから。でも、それはただの俺のうぬぼれだった、のかな。
 ちぃが進みたい道なら、それでいいと思う、けど……でも、知り合いの誰もいない、しかも男ばかりの専攻分野に行くって聞いていい気はしない。ちぃは、月子みたいにかわいい、ってわけではないけど、誰に対しても壁を作ったりしないし、友人も多い方だから俺の知らない男友達が増える、そう思ったらすごくいやで。
 すごく自分勝手なのはわかってるけど、嫌だと思ったら口に出ていて。ちぃはむっとしたようにわからない、といったけど、ちぃの考えてることがわかるわけがない。
 そりゃまあわかることもあるけど…電話っていう情報量が少ないものだと、会って話すよりも感情の変化がわかりにくくてつい言わなくていいことまで言ってしまったり、言わなきゃいけないことを言えなかったりすることが多い。
 どうしてわかってくれないんだろう、と思ったけど、さっきちぃがいった『わからない』がそのもので。俺はちぃがわからないし、ちぃは俺がわからない。それが当たり前だった。
 一つじゃないからいいんだって、そらそらもぬいぬいも言ってた。ちゃんと話さないと、分かり合えない。そんな当たり前に気付けなくなるほど、俺もちぃも、疲れていたのかもしれない。
 俺は携帯電話を手に取ると、ちぃにコールする。
 ……うぬぬ、でない。
 ちぃはいらいらすると寝ようとするから、もう寝ちゃったかもしれないな、そう思って切ろうとすると、はい星咲です……と少しかすれた声が聞こえた。
 ああおこしちゃったなぁ、そう思って、
「ごめんね、寝てた?」
「……せん、ぱい?」
 寝起きのぼぉっとした声で出る。ああもう、そんな声で電話に出るのは禁止ー!って言いたいけど、ちぃはたぶん気にしないで出るんだろうな……。
「ん、さっきはごめん」
「……は、い?」
 頭が働いていないのか、きょとん、とした声で言ってくる。ああもうこれは寝たら忘れるパターンだったのかな、そう思っていたけど、どうやら違ったようだ。
 少し硬い声で、なにがですか、と返すちぃは、きっと眉間にしわが寄っているのだろう。俺は、もう一度ごめん、と謝ってから、ちぃが思っていた方向と違う進路に進むことにびっくりしたこと、どうしてその分野に進むかがわからないこと、……周りが男ばかりで心配なこと、そんなことを話して。
 それから、お互いのことがわからないのは当たり前で、話し合ってお互いのことをわかるようにするのが大事だということ、うまく伝わったかはわからないけど、全部伝えた。そうして、ちぃの返事をまつ。
「先輩、そんなこと、思ってたんですか」
「うぬ?」
 ばかですか、少し笑ったような声でそう言ったちぃは、もう怒ってないようだった。ちぃが、行動原理なんて先輩に決まってるじゃないですか、といって、少し恥ずかしそうに専攻する理由を教えてくれて、俺はもうちぃをいますぐにぎゅって抱きしめたくなった。
「ちぃ、」
「はい、?」
「だーぁいすきっぬははっ」
 それはもうとびっきりの愛情をこめてそういえば、ちぃはえ、あ、う、とか言葉にならない声をだして。きっと真っ赤なんだろうなぁ、と思うとまた抱きしめたくなる。
 ああ早く会いたいなぁ、次に帰れるのはいつだろう、そんなことを思いながら、
「つばさせんぱい、」
「うぬ?」
「わたしも、だいすき、です」
 ちぃがそんなことぼそぼそというものだからもうたまらなくなって、ああもう早く会いたい。
「今度会ったら、もっといろいろ聞かせてほしいな、ちぃのこと」
「……はい、先輩も、聞かせてくださいね?」
「うぬ!」
 次の帰国予定を考えながらそんなことを言って、日本用の時計をみると(梓に怒られたから用意した)もう夜中で。ちぃはさっき寝ようとしてたのだったと思い出して残念だけど切らなければと思っていう。
「寝てたのおこしちゃってごめん。ゆっくり寝てね」
「はい、ありがとうございました……」
 ふわぁ、とあくびが聞こえてかわいいなぁ、と思う。それじゃあ、おやすみ、と意識して優しい声をだせば、ちぃは、先輩も、おやすみなさい、と眠たげな声でいう。

夢で君に逢えたら、

(すぐにでも抱きしめられるのに)(でも夢でも会いに行くよ)