「奏さん、」
 眉間に寄ったシワと、鋭く光る眼光はユキちゃんの尊敬する荒北にそっくりだと思った。荒北はこんな瞳でわたしを見ることなんかないけれど。
 壁際に追い込まれて、ユキちゃんとわたしの間には腕一本分の隙間もない。前髪のすぐ上に迫った顔に、そっと手を伸ばした。
「わかってる、わかってるけど。それでも、奏さん、すぐに会えなくなるのは嫌です、ねぇ、奏さん、」
 泣きそうに歪められた顔が見ていられなくて、伸ばした手をそのまま頭の後ろに持っていってかき混ぜる。そのままおでこ同士がこつんとぶつかって、きらきらとまばゆい光を放つ瞳がそっと閉じられた。
 そのまま滑らせて、肩に頭を乗せてあげて、ぎゅっと抱き締める。壁についていたユキちゃんの腕は、抱き締めた瞬間から壁と背中の間に入り込んで痛いくらいに締め付けられた。
「ごめんね、」
 小さくこぼれた声は、苦しくなるほど自分を追い詰める。でも、ユキちゃんがそんなに苦しくなるほどわたしのこと大好きなの、うれしいよ。こぼした言葉は本当だ。でも、ユキちゃんが置いていかれると思うよりも、たぶんわたしが置いていくのだと思う方がつらい。ユキちゃんより前を進んでいなきゃいけないのに、ユキちゃんに道を示してあげないといけないのに、ユキちゃんと一緒に歩いていたくていつまでも前に進めないのだ。

いつまでも前に進めない