「轟先輩っ」
「……久しぶりだな。こんなところでどうした? 近くねぇだろ」
 にこにこと笑いながら近づいてくる、今では見なくなったが馴染みのある顔。小中学生の頃は委員会でよく一緒になったからか、部活に所属していなかった轟にとっては唯一馴染みの後輩と言えるべき存在だった。
「学校見学ですよ! 先輩ちゃんと雄英生してるんですねぇ……学ランじゃない先輩不思議です」
「なんだそりゃ。……お前、どこ受けるんだ?」
 ヒーローに向いているとは思った。正義感が強く、曲がったことが大嫌いなこの後輩は、人に疎まれるほどに真っ直ぐだったから。
 でも、本人の気質としては前に出たくないだとか目立ちたくないだとか、到底ヒーローになりたいというバイタルを持ち合わせているとは思えなかった。
「サポート科です! 雄英のサポート科ってすごいですよね、たっくさん作っていて……どきどきします。実技はないですけど、課題提出もあるので勉強と平行していま色々作ってるんですよ」
「そうか」
 がんばれよ、とそう声をかけて手を伸ばせば、花がほころぶようにぱぁと笑顔になる後輩に轟も頬が緩んだ。もっと応援してくれていいんですよ、なんていいながら手のひらに頭を押し付けてくるのがかわいくて、二、三度頭を叩く。
 おい、と少し遠くから後輩を呼ぶ声がきこえて、そちらに目を向ければそこにも見覚えのある後輩の姿があった。そいつは後輩と仲が良いようで、ついでに轟のことが気に食わないようで、轟にとっては関わりの少なかった相手だった。
「呼ばれてるぞ」
「あっもうこんな時間なんですね!? 自由時間終わっちゃう……!」
「自由時間を俺で潰したのか、お前」
 思わず呆れた声が出たのも致し方あるまい。せっかくの見学、なかなか入れない校内を見られるチャンスだというのにこいつときたら。
「だって先輩見つけちゃったんですもん。仕方ないじゃないですか!」
 軽く尖らせた唇を摘まんで早く行けよ、と促した。頭は悪くないので筆記は問題ないだろう。提出課題も、内容もレベルも全く想像はつかないが、きっとこいつなら大丈夫だろうという変な安心感があった。
「春、待っててやるから」
「……! はい! 頑張ります!」
 笑った後輩に、もう一度だけ頭をたたいて。送り出した。
 ──きっと来年の春にはまた、桜の下で笑う彼女が見られるだろう、と轟は無意識に目をゆるめたのだった。

君の夢