柔らかい風が髪を踊らせ、ふわりと頬を撫ぜた。それが妙にくすぐったくて手で髪を払う。
「大丈夫か」
「大丈夫ですよ」
 じっと嘘をついていないか探るように動く瞳は、出会った頃からは考えられないくらいに温かかった。その色は真っ直ぐで、いつだって複雑に色んな色を映している。その色に、憧れていた。憧れていただけだと、思っていた。
 もちろん、すきだった。真っ直ぐの強さや苛烈さの中に見える理知的明晰の反面、妙にものを知らなくて天然と呼ばれるようなキャラクターとしてあげられる特徴だけではなく、自分の好きな本を勧めたときの反応や感想を返してくれる性格も、誉めてくれるときに撫ぜてくれる大きな手も。
 この『すき』の、意味が変わると思っていなかった。苦い痛みも、甘い痛みも、まさかこの人からもらうと思っていなかったのだ。
 恋なんて、知らなかった。知らないままで、よかった。でも、もう知らなかった頃には戻れない。
 この想いをそっと包んで、いつか開いてあげられる日が来ることを願う。でも、きっと、先輩は、恋なんか知らないままで生きていくんじゃないか、なんて失礼なことを考えた。だって先輩だもの。
「心配性ですねえ」
「お前が心配させるのが悪ィんだろ」
 ぐっと寄せた眉根に、楊枝が埋まりそうだ、と考えたところで怒られる。こうやってそのものズバリでなくてもばれるのに、きれいに隠し通せているのだ。ほうら、先輩、絶対知らないでしょう?
「ほら」
 差し出してくれる先輩の手を、ためらいもなく握ることができる人間で在りたかった。『すき』はきれいにラッピングして隠してあるので、表層だけは伝えさせてくださいね。
「へへへ、すきです」
「……おう」
 柔らかく笑ってくれるその姿に、心臓の奥がぎゅっとつまった。

ラッピングされた気持ち

 ラッピングにしわが寄ったかもしれないけれど、まあ、陽の目は見ないだろうから、いいよね。