「まさか、先輩に就職先の面倒を見てもらうことになるとは思いませんでした」
「お前が俺のヒーロースーツをいじってるときから絶対雇ってやるって思ってたんだ、遅えくらいだよ」
 ラジエータをガチャガチャといじりながら言う柚木を後ろから眺めながら言った。嘘は全くついていない。本当に、高校生の頃に俺に合わせたアイテムを作ったり改造したりとしているときに、事務所に専属でついてもらえたらいいなと思っていたのだ。
 ただ、今はそんな不純で純粋なヒーロー観点からだけではない、というだけの話で。──そばに、いてほしかった。ヒーローなんて職業が、不安定なことはよくわかっている。だからこそ、そばにいてほしいと思ったのだ。その気持ちがなんなのかなんて深く考えもせずに。
 そう、深くなんて考えなかった。同級生に比べればそんなことはなかったが、それでもよく一緒にいたと思えるほどにそばにいた存在が、実際にヒーローになって現場に出てみれば、近くにいることなんか全くなくて。それがひどく心細いと思ったのだ。まるで、母親においていかれた子供のように。
 自分で例えておいてこれはない、と思うが、そんな途方にくれた気分だったのだ。だから、本人が研究や発明で成果をあげはじめて研究会や学会で取り上げられて名が売れ始めて──チャンスだと思った。昔のように、アイテムを作ってもらえないか、スーツの手入れをしてもらえないか。そんな注文をつけやすくなったのだ。
 普通、ヒーロースーツは発注先に頼んで改変・改良を加えてもらう。なにしろ作ったやつが一番それに詳しいのは通りだからだ。だけれど、改良も追加も柚木に頼んだ。いっそイチから作り直してもらっても構わないくらいに腕を信用していたのはもちろんのこと、データだけではわからない、俺の性格からもうまいことやってくれるのがわかっていたからだ。
 柚木の所属していた研究室の教授もなかなかやり手であったし、これはなかなかうまくいった。そして、念願叶って柚木を雇い入れることに成功したのだ。まあ、こればっかりは本人が却下したらもうどうしようもなかったのだけれど。
「でも、先輩の姿をみてサポートアイテムを作りたい、って思ったので、先輩の役に立ててる今が幸せですよ」
「……なんだそれ、聞いてねぇぞ」
 いってませんもん、なんて笑う姿を、後ろから眺めている格好でよかったと心のそこから思った。結構動揺している。
 もともとものを作るのがすきだし、電子工作もしていたし、もの作りの仕事につこうとは思っていた、と言う話は中学生の頃にも聞いたことがあった。ヒーローになりたい、とあの頃誰もが描くであろう夢ではなかったからか、よく覚えている。個性がヒーロー向きではないというのも関係しているのかもしれないが、例え俺と同じ個性を持っていてもたぶんヒーローになりたいとは言わないだろうな、と思えるので、本人の気質が大きいところだろう。彼女の個性は『計算』、スパコンを使うような桁のでかい計算でも暗算でぱぱっと計算できるのだ。ヒーローには向かないが、研究現場では重宝される個性だろう。あまりにでかい計算を立て続けにすると糖分が足りなくなるらしいが。そのせいか、和三盆の落雁を常に携帯しているのは面白い。しょっぱいものがすきなのに。
 高校一年の頃の体育祭や、雄英への敵連合襲撃、そんなところから、ヒーローが戦う上で大切になってくるものを作っている人たちがいるということを知ったらしい柚木は、そのままそれが憧れになったそうだ。その対象が、自分だと言うことが素直に誇らしい、し、ひどく嬉しいと思う。
「……じゃあまあ、せいぜい頑張れよ」
「はいっ!」
 素直じゃない言葉を、素直な表情にのせて頭を叩いた。どうせ見えないんだからいいだろう。

背中に隠した素直な声

『ありがとう、頼りにしてる』は、素直に口にのせられるほど大人になりきれていなかった。