地獄と月

 見上げれば遥か上空に浮かぶ蒼白い月。その輝きはどこに在っても曇ることはない。
 視線を下へおろせば大鍋の中に、真っ赤に煮え滾るマグマ。背を押された者の姿はもう見えない。

「さあ、次はお前の番だ」

 顔の無い悪魔が言う。ぐ、と背中を強く押されてバランスを崩し、鍋の中へ落ちて行く。
 その時にふと甦ったのは、あの人の笑顔だった。









「……っ!」

 息を荒く弾ませながら飛び起きる。
 今ここがどこか確かめるように視線を落とせば、そこはベッドの上。

(地獄じゃ……ない)

 いやにリアルだったあの夢。背中を強く押された感触が今でも甦る。
 マグマに溺れる直前に目が覚めたが、あのまま眠り続けていたら、もしかしてその感覚さえ受け入れていたのだろうか。
 怖くなって急いでベッドから飛び降り、部屋を飛び出した。

(もう寝てるかな……)

 今が何時なのか確認しないまま出て、城の廊下を走って、ある部屋の前で立ち止まる。
 廊下は静まり返っているから恐らく夜中だろう。そんな時間に訪ねるなんて、と考え、一瞬躊躇った。

(でも……)

 意を決してドアを2度ノックする。
 少し待っても返事はない。当たり前といえば当たり前だ。

「……入るよ」

 小声で、罪を逃れるように囁いてドアを開ける。

「……レイシ?」
「リド」

 カーテンは閉まっておらず、月あかりの差し込む部屋で、主はベッドの上で身体を起こしていた。
 小さく名前を呼び、隙間から身体を滑り込ませて後ろ手にドアを閉める。

「どうした……こんな時間に」
「ごめん、リド」
「別に……いいけど」

 リドは訪問してきた相手が分かり安心したのか、もう一度ベッドに倒れ込む。
 だが掛布団が掛けられておらず、入っていい、と言っているように見えた。

「リド」

 空いていた隣に滑り込み、ぱさりと掛布団を掛け直す。
 するとリドが振り向いた。宝石のような綺麗な瞳がその姿を捉える。

「……どうした?」
「っ」

 リドの手が頭に触れる、目が優しく細められる、それだけで胸が高鳴る。
 強く目を閉じてももうさっきの映像は浮かんでこない。
 このままなら眠ってしまえる、と思った。

「怖い……夢を見た」
「そっか」

 頭の下にリドの手が入ってくる。ぐいと胸に抱かれ腕を背中に回す。

「大丈夫。俺はずっと隣に居るから」

 ありがとう、その言葉はちゃんと届いただろうか。
 その温もりに身体を預けると、すぐに微睡が訪れた。


2018.10.07