戦場へ行く君へ

「カイン」
「何だ?」

 カインがローザのことを密かに想っているのは知っていたが、それでも僕は、声を掛けることを諦められなかった。
 性別が同じなのに僕はカインのことを愛してしまって、カインはそんな僕を、気持ち悪がるだろうか?

「気をつけて」

 僕は黒魔道士としてバロン王にお仕えしている。同じくカインは、竜騎士として。
 彼は僕たちより一足先に戦場へ赴くことになった。
 恐らくは偵察としての任でもあるのだろう。その後、僕ら魔道士隊が後続として出立する。

「……そんなことを言いに来たのか?」

 鎧の最終調整をしているらしいカインは呆れた声で言う。
 そろそろ時間なのだろう、部屋の外から慌ただしい足音が聞こえる。

「だって、セシルもローザも、見送りには来れないって言うから。せめて僕だけでもって」

 カインが死ぬなんて思えない。小数精鋭の部隊だし、あくまで先に行って情報を求めておくということだから、そこまでの危険はないだろうが。
 それでも、戦場では安全なんて保障されないから。

「帰ってくるから。必ず」

 深く被った兜を少し持ち上げ、カインは笑ってみせた。
 その瞳に僕は安堵する。

「約束だよ、カイン。僕たちが着くまでは、少なくとも死なないで」
「何だそれ」
「もしカインが傷ついたら、僕が代わりに前へ出て戦うから。ローザが居れば、怪我を癒やすこともできるし」

 それと、これ。
 そう言って差し出す小さな袋。

「これは?」
「僕が調合した傷薬。きっと役に立つと思うよ。……それと、これはお守り」
「お守り?」

 カインは怪訝そうな顔をしながら袋を受け取る。

「僕の魔法の力、込めておいたから。カインが危なくなった時、きっと助けてくれる」
「そうか。ありがとう」

 彼がその袋を腰に提げるのを見て、思わずカインの左手を握った。

「レイシ?」
「……カイン、」

 思わず感極まって、一番伝えたいことを伝えそうになって。
 そこまで言って、自分は何も言えない、言ってはいけないことに気づいた。
 僕はこの気持ちを伝えるわけにはいかない。今から戦場へ向かう彼に、重荷を持たせるわけにはいかない。
 勿論、戻ってからだって、言うことはできないが。

「どうか、無事で」

 飲み込んで、無理やり吐き出した言葉。
 願うだけなら許してもらえるだろう。愛する人の無事を願うのは、誰だって。
 カインは強く僕の手を握り返してくれる。

「もう一度レイシに会うまでは、絶対に死なないから」

 そう言って優しく手を解き、カインは部屋の外へ出ていく。
 整えられた部屋は、まるで戦の前とは思えないほど、静まり返っている。

「……カイン……」

 僕は純情な乙女のように、祈ることしかできないのだった。



2016.05.03