泳げないから手を引いて

title by spiritus


 ざぶ、ざぶ、と川の水を掻き分けていく影が2つ。
 白い髪の男が前を行き、後ろの男はハァハァと荒く呼吸をしている。

「エレフ……待ってくれ」

 冷たい水の中では、地の上よりも体力を消耗するのだろう。
 青ざめた表情の男を、先を歩いていたエレフが振り向いた。

「大丈夫か? レイシ」

 何度か咳き込み、改めて唾を飲み込んだレイシは頷く。

「ああ……悪い」
「ここから深くなりそうだ」

 広い広い川は、泳いで渡るには非常に困難なように思えた。まだ3分の1程しか来ていない。
 深くなる、という言葉を聞いたレイシは身を竦めた。

「……エレフ」
「ん?」
「俺、泳げないんだ」

 昔、昔。まだ彼らが地上に居た頃。
 水面に浮かぶ月を取ろうとして川に落ちた時のことを思い出したのだろう。
 今と変わらないほど冷たい冷たい川に落ち、すぐに両親に助け出されたものの、それ以来、レイシは川を嫌悪していた。

「知ってる」
「だから、手を引いてほしい」

 只でさえも死者に足を引かれそうな川だ。例え泳ぎが上手くたって、無事に対岸に辿り着ける保証はない。そもそもそこが目指している場所だとも限らない。
 だがエレフは振り返って笑った。そしてレイシの手を取る。

「ああ」

 2人は既に足の付かない程底の深い場所へ泳ぎだす。互いに強く結びながら。

「絶対に離さないから」
「俺も、エレフから離れる気はない」

 冷たく深いステュクスを、泳ぎだす。






2017.08.15