生きていれば

「エクサ。……もう行っちゃうの?」
「ああ」

 まだ太陽がその姿を現しきらない内に、同じ寝台の男はがさ、と音を立てる。
 その物音に目が覚め問うと、返ってきたのは素っ気ない言葉。
 互いに裸だが、その奥に何が眠っているのか、俺はまだ知らない。

「でも、また会える時があるだろう。生きていれば」

 ふらりとこの街にやってきたこの彼は、勇者だ、と名乗っていたが、本当だろうか?
 確かにこの世界は魔王に冒されている。そのせいで幾多の街が滅びただろう。各国はいたずらに勇者を募っている。
 伝承に語られる勇者は屈強な若者で、数多の苦難を乗り越え、魔物を打ち倒してこれ以上ない程の富と地位に恵まれるものだが。
 一晩共に居ただけだが、彼にそれらはあまりに似合わない。

「生きていれば、か」

 この街は観光業によって辛うじて存続しているが、ひとつ裏通りに入れば、帰る家のない孤児たちが沢山いる。
 俺も、その中の1人。1日1日を何とか生きているだけの存在だ。

「変な人だね」

 今まで汚い生き方しか知らなかった。生まれた時から父も母もなく、いたのは同じ境遇の"兄弟"と、この身体を使って生きる術を教えてくれた"親"。汚いことはしたくないと言って、道端で動かなくなった"兄"や"弟"を沢山見てきた。
 けれどこうして彼と食事をし、寝台を共にしたけれど、何もない夜は初めてだった。それが逆に不安で、あまり眠れなかったのだけれど。
 そしてもう、ここを旅立とうとしている。

「これから、どこへ?」
「俺は、勇者だ。……魔王を倒しに行く」

 魔王は、全ての魔物を従える実力者。そんな魔王を倒しに行くというのに、彼は何故そんなに、生きることに希望を持っているのだろう?
(或いは伝承の勇者も、希望を最後まで捨てなかったからこそ勇者になれたのかもしれないが、俺には分からない。だって勇者ではないから。)

「いや、違うな。魔王も生きているのだから、そんなことはやめろと説得したいんだ」
「説得? 誰を? ……魔王を?」
「ああ」
「……そんなことを語る勇者なんて、聞いたことがない」

 きっと、多くの人には受け容れがたいことだろう。勇者というものは悪を討ち滅ぼし、その剣を掲げるものだと思っているから。
 そもそも、そんな極悪非道の魔王が、勇者の説得を聞く筈がない。

「そうだろうな。……でも、俺は信じたいんだ」

 俺と魔王にどんな違いがあるだろうか。もし俺が魔王のように強大な力を持って生まれたら、魔王になっていたかもしれないのだ。
 そう思うと、殺すなんてことはできない。
 彼はそう語った。

「……ばかだなあ、エクサは」
「元より承知だ」
「でも俺は、エクサを応援するよ」

 だから、また帰ってきて。

「ああ。生きて帰れた暁には、ここに必ず戻ろう」
「約束だよ」
「レイシに会いに来るから」

 小指を繋いで、俺たちは別れた。



2016.05.15