王城1

その男と彼とが出会ったのは、ある意味では偶然だったし、またある意味では運命だった。
でも彼にとってその男との出会いは無数にある出会いの中のたった一つで、さほど気にかけるようなものでもなかった。
しかし男にとって彼との出会いは、そんな単純なものではなかった。








「ヴァルター、行くよー?」

コンコン、と控え目なノックをした後、彼は扉越しに声を掛ける。……返事はない。

「ヴァルターってば」

今は陽の高い時間帯である。ヴァルターという男がその時間に行動するのを好まないのは重々承知だ。
だが承知の上で、今日のことは以前から言ってあった。今日は朝から出かけると。
彼は、さすがに約束を破るような男ではないと思うが――。

「入ってきてくれ」

扉の隙間から声が聞こえる。その誘いに、扉を叩いた側である彼は少し躊躇った。

「……わかった」

逡巡したのち、その奥に入ることを決めたのは、時間帯のせいもあった。今はまだ昼間だ、何かあるわけがない。
それに自分が集合時間に間に合わず、ヴァルターも共に居ないのであれば、同行する予定だった者達はきっと捜しに来てくれるだろう。
そんなことを、数瞬躊躇う内に考えていた。

「入るよ」

彼は意を決してドアノブを回す。
それは案外するりと回り、力を掛けると簡単に開いた。

「おはようヴァルター」
「おはよう、レイシ?」

部屋は暗かった。恐らく光を好まないために分厚いカーテンを閉め切っているのだろう。
目だけで男の居所を探してみれば、……いた。ベッドに腰掛けている。

「ヴァルター、今日約束した日だけど? 準備は?」
「わかっている。だから今日はこんなに早く起きているだろう?」

早い、かどうかは置いておいて、ちゃんと起きて準備も終わっていることに彼は安堵した。もしパジャマなんか着ていたらどうしようかと思ったのだ。パジャマを着ているところなんか想像できないけど。

「じゃあ集合場所に行こうよ」
「……わざわざ私を呼びに来たのか? レイシ?」
「うん、そうだけど?」

ほかの人は今まで時間に遅れたことはないよ、勿論ね。でもヴァルターとこの時間に出かけるのは初めてだから、一応呼びに来ようと思って。
彼がそうぽろっと零したのが運の尽きだった。

「ほう……?」

ヴァルターの目が細められる。レイシは嫌な予感に後ずさりする。
今はまだ部屋の扉の前にいる、逃げるなら今だ――。

「わざわざ私のことを心配して来てくれたと言うのか? 光栄だな?」
「そんな深い意味はないって! ていうか近い!」

ヴァルターは大股で彼の方へ近づいた。
慌てて身を翻して廊下へ出ようとしたが、ぐいと腕を引かれ、ドアから遠ざけられる。
そのままくるりと反転させられ、ヴァルターと向かい合うように、壁に押し付けられた。
更にレイシは両手を取られ、頭上でひとまとめにされる。ヴァルターは片手しか使っていないのだから憎らしい。

「いつか貴様を喰ってやろうと思っていたからな……今でもいいんだぞ?」
「無理です無理です!」

そうだ、大声を出せば、誰か助けてくれるかもしれない。今のレイシは1人ではヴァルターの魔の手から逃れられないだろう。
そう考え息を深く吸い込むと、男の手がレイシの口を塞いだ。

「ぐむっ!」
「馬鹿なことは考えるな。楽しもうではないか?」

馬鹿はお前だ、と叫びたかったが、声が出るような状況でもない。

「んっ……!」

その上、もう片方の手は結んでいたレイシの手から離れ、衣服を潜って腹に触れた。

(冗談じゃない!)

男に臍の辺りを触られ、ぞくりと粟立つ肌。決して快感ではないと付け加えておきたい。
自由になった両手でレイシは必死にヴァルターの肩を押すが、元々戦えないレイシと普段から鍛えているヴァルターとでは、どちらが力で勝てるかなど明白だった。
俺は力ではこいつに勝てない、もう少し泳がせておいてどこかで反撃できるところを見つけよう、という気持ちと、このまま触らせておいたらどうなってしまうか分からない今すぐにでも逃げ出さねば、という気持ちがごちゃ混ぜになって泣きそうになった、その時。

「レイシ、ここにいるのか?」
「!」

足音。声。部屋の前に誰かいる。
怯んだヴァルターを何とか力で押し返し、彼は急いで扉を開けた。

「アイク!」
「やっぱりここにいたのか」
「うん……」

先程の恐怖の反動でアイクに抱きつきそうになったが、レイシはぐっと堪える。うん、互いに男だ。

「ヴァルターも行くぞ」

ヴァルターは答えない。獲物を仕留め損ねたとでも思っているのだろうか。
しかし彼らの間に漂う微妙な空気をアイクは察していない。

「リズとレイヴァンはもう来てる?」
「ああ。レイシとヴァルターが遅いって話になった」

ミストに聞いたら、レイシさんはさっきあっちの方に行ったよ、と答えたらしい。その方面にヴァルターの部屋があったため、恐らく迎えに来ているのだろうと踏んだのだ。
アイクはそこまでちゃんと考えることができるのに――戦闘に関しても天賦の才を発揮するのに――レイシとヴァルターの間に横たわるその不穏な空気には全く気づかないらしい。
まあそれでいいか、と彼は思った。きっとリズもレイヴァンも気づかないだろう。
話しながら先を歩くアイクとレイシの背中を、ヴァルターはじっと見ていた。