「そろそろ起きたらどう?」
起きないでほしいから、小さく、小さく。自分の耳にしか聞こえないくらいの声で言う。起こさないくらいの触れ具合で、そっと頬を撫でてみる。くすぐったそうな髪の束を顔から避けて、心地よさそうに上下している肩を撫でる。俺のシャツを着せているせいで、服と二の腕の隙間がゆるゆるだ。そんな単純なことにすら、心臓が握りつぶされたように痛む。こういうの、ときめきって言うんだっけ?純粋で純情な女の子は、この俺にそんな感情すら植え付けるらしい。すごいな。
時折息ができなくて、嫌な夢を見るのだと。彼女は困ったように言う。すやすやと眠る彼女から悪夢の気配はなくて、俺はどうやら、彼女の夢を上手く食べてあげられたらしい。悪夢は心配だけど、下心のある男の前でこんなに無防備に眠れるのも心配になっちゃうけどね。まあ、俺が抱いたせいだけど。
辛いものとか刺激物とか得意だからきっと、ゆらの夢も美味しく食べれるよってそう言ったら、ゆらはひどくおかしそうに笑ったから。そんな顔で笑われたら俺、何もかもどうでもよくなっちゃうなって、必死に言わないでおいたけど。反吐が出そうなそんな台詞を俺が簡単に言えるなんて、正直驚く。呼吸を教えてもらっているのは、俺のほうなのかも知れない。
俺、きみといると、甘党も悪くないなって思うんだ。いや、食べ物の話じゃなくてね。
きみと会うのはこれで五千回目。うそ。初めて会ったときからちゃんとずっと、数えておけばよかったな。
きみが俺を選んだんだ。俺としては10年前から待っていたんだから、俺が君との未来を簡単に想像してたって、恨まないでよ。
朝6時の警鐘が鳴ればタイムリミット。社会人の俺たちには仕事がある。誰かと離れがたいって、初めて思ったかもしれない。でも、たとえ、リミットが来たって、俺達の関係にはもう、制限はないよね。悪夢みたいな別れはきっと、俺達には訪れない。上辺だけ、社会生活を送るための戦略的撤退。だってやっと手に入れたんだ。さて仕方ない。やかましい目覚ましにたたき起こされる前に、静かに朝を迎えよう。
「…ゆら、起きて。起きないと、……知らないよ?」
一生だけでいいから、一緒にいてよ。
贅沢な朝の悪夢
疑ってしまうような
不可侵なスターリーナイト
メルティランドナイトメア/初音ミク(はるまきごはん)
▼ 卯木千景
#f4b3c2:鴇色