「ちかげさん、ハッピーバレンタイン」

 千景さんのバレンタインは、選ぶのが大変だ。甘いものの祭典と言って差し支えないこのイベントの特設会場には、当然甘い香りの漂うものが沢山置いてあるわけで。そこで千景さんへの贈り物を探すことは諦めて、足早に売り場は立ち去った。
 さっさと寮に帰って、すぐに東さんのところに行って。千景さん用のプレゼント選びを手伝ってほしい、って伝えたら、東さんは快く引き受けてくれた。

「千景、甘いもの苦手だもんね。ゆら、健気で可愛いなあ」
「からかわないでください……」

 いっぱいからかわれて何度も赤面させられて大変だったけど、きっと喜んでくれるんじゃないかな、ってものを、用意できたと思う。


 それなのに、バレンタイン当日。なんだかんだで服まで新調して、図らずもお化粧も気合が入ってしまいちょっと恥ずかしいわたしをよそに、千景さんはなんだか、腑に落ちないような顔をしていた。千景さんの目が鋭く研ぎ澄まされているのは、やっぱりこわい。
まだバレンタインのプレゼントの中身は見てないどころか、彼の手に渡してもいない。見てるのは、違いなく、多少めかしこんだわたしのほうだった。

「千景さん?」
「その服、新しいね」
「え!う、うん、」
「おいで。バレンタインありがとう」

 一瞬、服のことを指摘された嬉しさで舞い上がりかけて、踏みとどまる。たぶん、そういう雰囲気じゃない。
一旦受け取ったバレンタインのプレゼントを一瞥して、形式みたいに微笑んで。「後でゆっくり見させてもらう。今はこっちおいで」椅子に掛けた千景さんの膝の上に跨るように、手を引かれて促された。

「はは、俺が何が考えてるか分かんないって顔してる」
「ちかげさ、」
「……本当、何考えてるんだろうな」

 手を引かれ、半分引っ張られるように千景さんの膝に上がる。ぐっと距離を縮めるように腰を引かれて、ひとまず抵抗せず体重は預けておく。

「……その服」
「……へん?」
「…変じゃない、可愛いけど、脱いで」

 息が止まる。思考も止まる。
 ひえ、なんて変な声が出て、それには触れもせず千景さんはわたしを見つめているまま。反応が欲しくて、ことりと首を傾げてみると、千景さんはゆっくり口を開いた。

「……明日、服、買いに行こうか」
「え?」

 するすると頬を、冷たい指先が撫でていく。瞳は冷たさを帯びて、不安げにきらきら揺れている。目を合わせて頬を撫で返すと、怯えた猫みたいにぴくりと震える。なんだかそれがかわいいような、かわいそうなような、庇護欲、みたいなものが、擽られるような。

「……、ちか?」
「……馬鹿みたいだろ。誰かさんと揃いの色みたいだとか、もっと春っぽい色を着てほしい、とか」

 するりと糸を解くように、視線が外される。ちかの低い声が、熱っぽく耳に残る。
むらさき、むらさき。万里かな、とか、くるくると団員の私服のイメージを思い出しつつ。
かわいい、なんて、言ったら怒られるだろうけど、きっとちかには伝わってしまっているだろうな、と思う。

「お揃いって、万里とか?」
「……」
「ねえ、ちか、っきゃう!?」

 ふわりと近づいてきたちかの顔が首筋に埋まって、わたしの背筋を震わせたのが歯の感触だとわかる。慌てて肩を押してもびくともしないどころか、するりと服の端から手が入り込んで肌を撫でる。また喉がひきつって変な声が出ると、ちかはやっと、いつもの調子でふ、と笑った。わたしがいたずらされてるのに、ちょっとだけ、いつものちかに戻って良かった、なんて、安心したりして。

「脱がせてほしかったのか。ごめんね、気付かなくて」
「ちょ、ま、ひ……!」

 つつ、と側腹を指先でなぞりながら、さっき噛みついたところを強く吸われる。跡はダメだって言ってるのに。だんだんと脱がされていくおニューの服、もうちょっと褒めて欲しかったのにな、なんて思って。

 それでも、唇が食べられている間に、まあいっか、なんて思ってしまうくらいには、わたしはあなたに染められてしまっているのにね。