今日の観劇のお伴の爪は、華やかに鮮やかなマゼンタ。

「……千景、お疲れ様」

 おずおずと控え室に顔を出すと、衣装のままの千景の視線がわたしに向いた。ふわりと浮かべられる笑みに釣られるようにわたしも笑う。閉幕後少し時間は置いたけれど、汗ばんだ髪の毛、上気した頬。千秋楽の興奮冷めやらぬ、と言うべきであろうそのすがたに、特別な一面を見ているようで申し訳ないような誇らしいような気持ちになる。MANKAIカンパニーのいちファンであるわたしが、役者のオフショットを見てしまうのはどうなのだろう、と思うんだけど、監督のいづみちゃんの厚意にいつも甘えさせてもらってしまっている。

 外套は脱いでいるけれど、ガウェインとしての風貌のままの千景に、びっくりするくらい心臓が跳ねた。向けられた瞳はマゼンダ色をして、作り物の目の色だって一目でわかるのに、それでも心が煮詰まったように視界がぐらりとして、千景にドキドキしてるのか、ガウェインにドキドキしてるのか、どっちなんだろう。今回の公演のガウェインが、すごくかっこよかったのは事実だけど。わたしも観劇のあとだから、まだ沸き立った熱の名残に浮かされている。ぎゅう、と爪を握り込むように手を握りしめた。

「こっちおいで」
「いや、でも……」
「まだ気にしてるの? いいから、ほら」

 わたしが公演明けの千景に会うことを後ろめたく思っていることを、千景本人も知っている。「別に無断で会ってるわけでもないし、監督さんだっていいって言ってくれてるのに。ゆらは真面目だな」そう言って軽く千景は笑うけど、劇団だし、ファンの人だっているし、そもそも恋愛禁止になったらどうしよう、とか、一般人且ついちファンであるわたしは思わざるを得ないのだ。

 それでも。
 おいで。座ったままひよひよと指先を折ってわたしを手招きする千景に勝てるわけなんてなくて。わたしは罪悪感よりも目の前の欲求に正直に、千景のそばに寄ってしまうのだ。

「かっこよかったよ」
「ありがとう」
「わたしもナイラン、やっとけばよかった。失敗したな」
「RPGは社会人にはなかなかきついよ。何なら今からでも俺の貸すけど」

 座ったままの千景を見下ろす。座っているガウェインを上から見るなんて不敬を、果たしたのはわたしくらいのものじゃないだろうか?
 疲れの残っている千景はゆったりと椅子にかけていて、それがまたなんとなく、余裕のあるランスロットの仕草に見えてくる。眼鏡をしてない露になったそこ、いつもと違う瞳の色。

「……カラコン?」
「うん」

 そうっと手をやって、指先で少し髪をどけて、その目の色を覗き込む。すこし汗ばんだ肌も、しっとりした髪の毛も、こころが震えるほどに愛おしくて、ぎゅうと縮こまる心臓が苦しい。恋人としての千景、役者としての千景。ベクトルは違えど、わたしはこの、目の前にいる人が好きなんだなあ、と。観劇に浮かされたわたしは、泣きそうになりながらそう思う。

「…千秋楽終わって興奮してるから、そんな見られたらスイッチ入るよ」

 は、とわたしを現実に引き伸ばしたのは千景の声と、ふいに触れた手の感触だった。下から伸ばされた手はわたしの頬に触れていて、その手はするすると上下してわたしの頬を撫でる。わたしの頬が熱くなっているのがばれている気がして、恥ずかしくて泣きそうになる。ぱちりとかち合った瞳同士、たしかに千景の目はまだ、ぎらぎらした光が残っていて。肉食獣に捕まったときってこんな気持ちになるのかな、なんてふざけた思考が過って、眼鏡のない分、じかに触れる視線に焦げ付いてしまいそうになる。

「う、打ち上げ、とかは」
「たまには恋人優先しても怒られないだろ。それかゆらも来る?」

 咲也とか綴喜びそうだし。言いしな、座ったままわたしの腰を引き寄せて、わたしの手を取った千景は目を伏せて、わたしの掌に唇を寄せる。濡れた音に腰のあたりがぞくりとしてしまって、あまりのあさましさに視界が震える。

「…行く?」

 打ち上げのことを差しているのであろうそれを。ゆるりと口元を緩めて笑う千景は、わたしの手に頬を擦りつける。きっと彼は、わたしが首を縦に振れないことなんて、これでもかと知っている。