紙切れに書いた願い事が叶うなら、俺は何枚でも。
七夕というイベントに浮かれ犇めく街の中。空になんか届きもしない、ある程度の高さの笹に。色とりどりの紙切れが、風に揺られて笹と一緒にがさがさと音を立てている。
わいわいと騒がしいカンパニーでも、各々がたくさん飾りをつくって、思い思いの願いを、薄っぺらい折り紙に書いて飾っている。身長を武器に短冊を高いところへ括りつけた茅ヶ崎は、「SSRSSR…」と呪詛のように唱えながら手を合わせていた。手を合わせる行事じゃないだろ、七夕って。面白いと思うの半分、冷めた目で見ているのを自覚しているのが半分。口許に笑みを称えておけば、「千景さんはイベントごとでも冷静に見守ってくれて大人だな」みたいなことを言われて終わりだ。
料理上手組が七夕にあやかって手をふるって、年下組が騒ぎ立てて。賑やかだ。
蚊帳の外で、壁に背をつけて一人眺めていた俺の横に並ぶように、ゆらがやって来て同じように背を付ける。暑いね、と笑ったゆらは、持っていた団扇で俺に風を送った。大丈夫だと掌を揺らすと、団扇はゆらの方へ戻っていく。
「……ゆらは何か願ったの?」
いつもの声、いつもの口角の上げ方。何百回、何千回と作ってきた仮面。嘘つきと言われる所以。興味のない事柄でも、話題を共にしておけばいい。何度も何度も繰り返してきた処世術。
「……無理に話、合わせなくてもいいよ」
そう言って、穏やかに笑う。柄にもなく、ぎくり、と心臓が固まる音がする。今までずっと使ってきたものの、根幹が揺らぐ音がする。動揺して、少しだけ、手が震えた。
俺の陰を察して、知って。仮面を外すことはないのに、素顔を見透かされているような。疑問符なしのその言葉はもう、俺に誤魔化しの隙すら与えない。
こういう時のゆらはいつもどこか落ち着いていて、まるで今みたいな、夏の夜のようだと思う。暑さの名残があるのにどこか涼やかで、熱を残しているのにひどく優しい。その言葉に穏やかに撫でられると、固く閉ざしているはずの部屋の鍵を、開けたくなるような心地になる。
「千景の秘密をひとつでも、知れたらいいなあって願ったよ」
「……知れますように、じゃないの」
「無理には聞きたくないからね」
夏空を乞うように、俺には視線を向けずに。星の散る空を眺めながら、ゆらはゆっくりとそう話す。いま、俺がゆらの瞳に捉えられたくないことを、知っているかのように。
街を飾る鮮やかな喧騒に、俺の心の綻びを願う。月を見上げる横顔はあまりにも綺麗で。何を思っているのか、聞かせてほしくなる。俺は心を明かしていないのに、ゆらの心を知りたくなる。どうして、と、みっともなくすがる俺を想像して、みずからを嘲笑する。
「千景さん!ゆらさん!花火やりませんか!」
「やる!」
静かな横顔から、無邪気な笑顔へくるりと変わる。「やる?」俺を伺うその表情には、さっきのやりとりの名残すらない。気を使わせているのかな、と、ぼんやり思いながら頷くと、嬉しそうに俺の手を引いて、声をかけてくれた咲也のもとへ、引っ張られる。俺は今、どんな顔をしているのだろう。柔く握られたその手を、軽く、本当に軽く。知られないように、と願いながら、握り返した。
いつか。どうか。彼女に報いることができますように、と。紙に書くまでもなく、心の隅で願った。
笹の葉さらさら、心ゆらゆら
▼ 天津風 雲の通い路 吹き閉ぢよ 乙女の姿 暫しとどめむ/僧正遍照(12番) 『古今集』雑上・872
2018.7.7