「おはよう、ゆら」

 穏やかな声は、わたしをますます睡眠の底へ追いやっていきそうな気がする。

「………ねむい」
「起きて」
「やだ……ちかげの鬼畜めがね…ねむい…」
「ほら、おはよ」
「う…やだ…ちかげはげ…」

 ばたつく手足はいとも簡単に押さえられて、抱え上げられて運ばれる。大事に運んでくれていることが、伝わってくる振動からわかる。
 わたしの朝は、千景によって固定される。ネジのような、釘のような、そんなもので、夢の世界から切り離されて。あるいは接着剤とかガムテープかもしれない。千景のスマートな動きは、後者の方がふさわしいかもしれない。抱えられて、ラグに下ろされて、ぽやぽやしてるうちに千景がコーヒーを淹れてきてくれて、わたしのマグカップは優しいカフェオレ色で揺れている。休みの日は、砂糖もミルクも入れて、やさしい味にしていいって決めている。わたしが作るよりずっとおいしいそれを、わたしは少しずつ飲み込んで、からだを温めていく。

 濃い緑の花の柄と、薄桃色の花の柄。マグカップに描かれた柄を、ぼんやりと眺める。
 わたしと、ちか。マグカップ、歯ぶらし、部屋着。わたしらしくもなく、ちからしくなんてもっとない、お揃い、なんて甘ったるいものが目の端に映るたび、じわりと薄く、それでも色濃い、幸福感でいっぱいになる。花が咲いたみたいなその気持ちを、ひとりでは噛み締めきれなくて、横にいるちかの肩にもたれる。小さく前髪にキスが落とされて、見上げると、ちかは薄く微笑む。きれいな顔で笑うから、しあわせだなって、思わずにはいられない。

「朝食にする?」
「……ううん、もうちょっと」

 ああ、恋しいなあって思うから。だからどうか、きみがもっとそうやって、柔らかく笑えるように、いたいとおもうよ。


鈴蘭 花言葉『純粋』『再び幸せが訪れる』