ありがとうございました。量産される号令を合図に、チョコレートドリンクを受け取る。横で颯爽と代金だけ支払ってくれた千景にありがとうとつぶやくと、適当な返事が返ってくる。当てはまっている方の意味ではなくて、ぞんざいな方のそれ。きっとよくそんな甘いもの飲めるな、とか、そのようなことを思っているに違いない。舌って筋肉でできてるし、わたしと千景はおなじ人間なのに、どうしてそんなに違うんだろう。つくりは同じはずなのに。そんなことを思いながら、ストローを咥えて中身を吸い上げる。あ、おいしい。

「よくそんな甘いもの飲めるな」
「よくあんな辛いもの食べられるよね」

一舐めしただけで舌を壊しそうなカレー、ガパオ、トムヤムクン。思い出しただけで汗をかくのを通り越して鳥肌が立つような。食事に文句をつけるのは嫌なのだけども、千景の食べるものとスパイスと味覚は総じておかしい。常人ではないという主張をしておきたい。

「辛いものって味覚じゃなくて痛覚だって言うよね」
「そうだね」
「千景はMなの?」
「ゆらが一番知ってるんじゃない?」

 千景に口で勝てるなんて思ってないから、さらりと返された言葉は知らないふりをしておく。自分で言っておいて何だけど、千景がマゾヒストであるというなら世は末だ。ノストラダムスの大予言は的中し、ピラミッドが崩れ、地球は地殻ごと崩れ落ち宇宙の塵になる。そんな終末論を想像する。
ストローから吸い上げたチョコレートは濃くて甘い。おいしいけど、こんな暑い日には相応しくないのかもしれない。口の中で甘さを広げて楽しんでいると、その行為を最も嫌いそうな千景がわたしの手を取った。お互いに汗ばんだ掌をぎゅっと握りあう。暑い暑いとそればかり散らかしてしまうこんな日でも、この手は離してはいけないのだ。



 千景がぐい、とわたしの手を引く。ビロードウェイの路地裏に入っていくものだから、こんなところに用事なんてあったっけ、と首を傾げる。まあいいけど、とまたチョコレートを吸い上げて。

「千景、こんなところに何の用、」

 ちょっと乱暴に腕を引かれて、何が起きたかわからないうちに唇を奪われる。え、と出したつもりの声は唇同士で潰れて、隙間からぬるりと入ってくる舌にからだが震える。片手は千景に取られ、もう片方は飲み物を支えなくてはならない。抵抗できないわたしの腰を引き寄せて、千景は舌の行き先を深くした。

「んう、ふ、ちょ、」

わたしの口に残るチョコレートの余韻を全て拐うように、千景の舌が撫でていく。耳にしたくないような水音を立てて舌を吸い上げられて、チョコレートの残り香にくらくらする。ふ、と唇を離すと、どこかからチョコレートの香りがしたような気がした。

「……味覚って、さぁ」
「…は、なに」
「民族によって違うって言うから。千景は寒いところの出身っぽいよね」

 こういう、千景のことを知ろうとするような物言い。きっと困ってるだろうと思うけど、その瞳に動揺は浮かんでいない。キスの距離で見つめてもまだ、きみの心には届かないけど、チカ。心の鍵も、その扉も、開けておいてくれてることは、ちゃんと分かってるつもりだよ。

「……ゆら、」
「で、チカ、ここに用事はないよね?」

 ちゅーしたかったの?チョコ食べたかったの?
 笑って、少し固くなっている千景の手を引く。骨ばった手を確かめるようにぎゅっと握ると、引き返されてつんのめる。千景に背を向けていたわたしはそのまま千景の方へ倒れ込む。後ろから抱きしめられて、千景の息が頬にかかって、わたしを呼ぶ低い声が、全部、わたしを引き留める。

「……もう少し、」

 千景の腕の中で向かい合うと、また唇が落ちてくる。どこか寂しそうな雰囲気を纏っている千景を宥めるように背中を撫でて、大事に大事に抱きしめて。わたしたちは、どこかも分からない路地裏で、静かに内緒のキスをする。




(僕を知る君がいるということ)