「マスター」
「うわ、あっ!」
後ろからがばり、と覆い被さられる。すり、と髪に頬を摺り寄せられて、皮膚同士の温度すら分かりそうな距離に動揺する。艶めく黒髪がちらりと目の端に映らなくたって、誰かを判断することなんて容易だ。
「ら、ランサー!」
「マスター、今日も可愛い。いい匂いがする」
「ちょ、こら、たおれる、待って…!」
匂いを確かめるようにぐいぐいと鼻先を近づけてくる上にどんどん体重も乗せてきて、わたしの体はどんどん沿っていく。いい匂い、って言われて悪い気はしないけど、特に何をしているわけじゃないし変なにおいがしないか心配になるから逃げるしかないし、逃げても逃げても追ってくるからもう倒れそう、倒れる。
「ランサー、やめろって言ってるだろ」
「うるさい、アサシン。邪魔するな」
ぐら、と傾く体にぎゅっと目を瞑っても、一向に倒れる気配はなくて。しっかりと体を支えられる感覚と、耳に入ってきた落ち着いた声色にこっそりと息をついた。ありがとう、とアサシンに小声でそっと伝えると、ふと降りてきた優しい視線のあと、ゆるりとアサシンの口元が緩んだ。
むっすりした雰囲気が伝わってきて、慌ててランサーに目を移す。ふてくされたランサーの頭にそっと手を乗せると、「大好き、マスター」手を取られ、そっと頬に擦り付けられる。まっすぐなランサーの言葉にも、行動にも、いつもドキドキされっぱなしだ。
「俺の城でイチャイチャすんのやめろって言ってるよね?ランサー」
「お前には関係ない」
「俺の陣地だって言ってるでしょ。放り出すぞ」
こつ、と靴音がして、キャスターの声がして。その事実を飲み込むが早いか、ふわりと体が浮いて、肩にあったアサシンの手の感触がなくなる。わたし、浮いてる。そのまま空中をふわふわ浮いて、キャスターのところに到着。浮いたままのわたしの脇の下へと手を差し込んで、だっこされてるみたいな姿勢になる。
「おはよ、マスター」
「お、おはよ、キャスター」
「今日もかわいいね」
「あ、ありがと、」
「ちょっとキャスターさん、ランサー煽るようなことやめろっていつも言ってるじゃないですか……」
キャスターにだっこされたまま「アーチャーおはよう」と顔を向けると苦笑いのアーチャーが「おはようございます」と苦笑いする。
「オー朝からイチャイチャネ!」
「ライダー!セイバー!おはよう!」
「おはようございます!」
「オハヨウダヨ〜!」
「キャスター下ろして〜」
「え〜」
朝ごはんまではもう少しかかりそうだったので、もうすこしこれが続くようだったら一声ビシッと言ってやろうと思うのだ。
「(……でも、まあ)」
こんな騒がしい生活を、いとおしいって思っているわたしがいるのだから、しばらくごはんはおあずけかもしれない。