かふ。酸素が丸まって詰まったような。そんな息苦しさの後、こみ上げてきたそれを耐え切れず吐き出す。がく、と膝をつくと、少しだけ体制が安定する。地面が赤黒く染まっていて、自分が吐いたのが血なのだと理解する。ああ、口の中も鉄だらけだ。未だ喉の奥に残るものを噎せ吐きながら、ぐらりと揺れる視界と、頬を横切る汗に恐怖を覚える。油断、したかな。思考に解れはなかったし、気持ちだって張ったままでいられてる、気がしてるのに。わたしが今ここで倒れたら、みんなが。そう思うのに、紙一枚繋がった意識が、左右から引っ張られるみたいに軋む。だめなのに。辛うじて開いていた瞼が、閉じていく。
「マスター!」
ぐらりと傾く姿をみて、無意識に声を張り上げた。地面に倒れる前に、アサシンがマスターの体を抱きとめる。「マスター、」苦しそうに薄く呼吸するマスターは大量の汗をかいていて、脈を測ると早い。
「……毒、」
セイバー、ランサー、アーチャー、それにライダー。4人は遠くにいるから俺たちが何とかするしかない。…まあ、この状態のマスターに何かしてあげられるのは俺かアサシンさんか、アーチャーくらいのものだろうけど。
く、と手を握ると、自分が汗をかいていることに気付いて内心せせら笑う。焦らずとも、死なせることなんて絶対にないと言い切れるのに。
マスターは、ぎりぎりのところで意識を保っている。俺たちへのパスが繋がっているから。ただ、呼びかけても反応は返ってこない。苦しげに息を吐くマスターの頬に触れて、俺の魔力で毒を辿る。
「キャスター、マスターの状態なんとかできるな」
「…かかりっきりになりますけど。アサシンさんは、」
俺が言い終わる前に。ずあ、と。濃い魔力が渦巻いて、目を見開く。俺は目の前のサーヴァントを見て、本能で恐怖する。ぎらりと鋭い眼光は、まだ彼が俺たち、それどころかマスターにさえ心を許していなかった頃のアサシンを思わせた。…否、それ以上に、今のアサシンは殺気に満ちていた。
彼のスキル――狂化。余程のことがなければ使われないチートスキル。
ダブルクラスとかどんなチート、なんて思ってたけど、間近で見るとやばいな、と思う。俺に向けられている訳じゃないのに、空気がざらつく。肌が粟立つ。焼けつくほどの、
――怒りに、満ちている、心底。きっとあと一歩で、狂気に浸ってしまうような激情に。
「……ここは任せた」
アサシンが抱えていたマスターをそっと俺に託す。俺の方へマスターを託しながら、アサシンの手がマスターの汗を拭い、手を取って、指先に口付ける。「……マスター、」彼が絞り出した小さな声は、焦がれを圧縮したみたいに重くて。愛おしげに握った手を、壊れ物のようにそっと手放す。俺は内心、まだそんな繊細な動作をする余力が残っているのかと、驚きと尊敬の入り混じった感情を抱く。
「……しっかり守れよ」
ざわりと空気が揺れて、気配がゼロになる。アサシンの残穢のようなものが、俺を脅かすように息巻いているかのような錯覚を覚えた。変な緊張の汗がどっと溢れてくる。やれやれ、あんなのが横にいるのに比べたら、毒抜きもマスターの容体管理も簡単に思えた。
そっと腕の中にいるマスターの頬に手を添える。魔力を込めれば呼吸が安定して、顔色が戻る。
アサシンが理性を留めているのは、ひとえにマスターのお陰だ。……まあ、それはそうだろう。あのレベルで狂化して、理性なんて離そうものならマスターは一瞬で八つ裂きになってしまう。
それよりも、今の状況だ。マスターに何かあろうものなら、俺の零基が八つ裂きだ。俺の豊かな想像力を以て自分が砕かれるところを想像するのは全く以て難くない。
「……はは、アサシンさん怖すぎ。笑えない」
ひとまず目下の俺の役目は、マスターを守ること。さっさと陣地作成に入るが吉ってね。