「…おいで、アサシン」
起き上がったわたしが座っているベッドの上。ひとまばたきするともうそこには、わたしのアサシンがいる。「アサシン」かれを呼べば、するりと鋭い目元がこちらに切っ先を向ける。それとは対照的に、浮かぶやわらかい瞳は透明で、どこか居心地悪そうに揺らいでいた。そっと彼に触れようと手を伸ばす。アサシンの髪に触れる前、あと少しというところで、わたしの手はアサシンの手に捕まってしまう。
取られた指先が、そっとアサシンの口元へ導かれて、音の立たないキスが落ちる。アサシンは気持ちを隠すのが得意だから、視線が合っても感情を悟らせないことなんて容易なはずなのに。ふと、キスの動作から上げられた瞼の奥は、水を垂らしたように滲んでいる。
狂化の余韻のみんなへの影響を考えてずっと屋根の上にいたことを知っている。後ろめたく思って いるのだろうかと想像する。瞳の奥のそのまた奥で、彼の心がどう動いているのか思いを巡らせる。声に出してくれていいのに、アサシンはちっともそういうことを教えてくれないから、わたしは迷子になったみたいに彼の心の迷路をなぞるばかりだ。
彼がいなかったら全滅していたかもしれないのに。アサシンに、きみのおかげで助かった、なんて言ってもきっとその言葉は全部受け取ってもらえないのだろう。ほとんど意識は失っていたけれど、アサシンの魔力に肌がひりついたことは、頭の隅に残っている。今少しだけ感じている尖った魔力を、感じるように目を閉じる。今もきっと、ひとりでこの力を抑え込んでいるのだ。
「ねえ、今わたし空っぽなの。魔力、ちょうだい、アサシン」
「……マスター」
そっと離される手を許さない。そっと指先を掴み返すと、ほんの少しだけ、戸惑ったように揺れている瞳がわたしを見る。ふと笑って見せると、唇を噛んだアサシンの口元が歪んだ。
「……人が悪いな。俺が心配してることくらい、分かってるだろ」
「だってわたし、アサシンのマスターだよ?」
「空の容器にこんなもの入れたらどうなるか、」
あなたの魔力に喰われちゃうことなんてないよ。不安を灯す瞳を覗いて、そっと手首を掴んで引いて、アサシンがしたみたいに指先に口づける。前よりずっと感情を見せてくれることを嬉しく思いながら、そっと手のひらを頬へ導く。ためらいがちに触れられた手は、わたしを慈しむように頬を撫で包んでくれる。
「そんなに信用ない?」
「……嘘だったら、恨むよ。マスター」
「わたし、みんなに嘘ついたことないでしょ?」
「どうかな。マスターは、すぐ無理するから」
アサシンの唇がわたしのに触れたのを確かめて目を閉じる。火傷しそうなくらい熱い魔力が流れ込んできて、温度に驚いて酸素を求めた口が、アサシンによって塞がれる。あつい、あつい、あたたかい。力の抜ける体を、アサシンが引き寄せてくれる。もっともっと、わたしに預けてくれたらいい。ひとり迷路を歩むのをやめて、そっと振り返ってくれたらいい。ぼんやり残っていたわたしの思考を奪い取るように、アサシンの舌が深く入り込んで、わたしはそっと、アサシンに身を預けた。
まいごの春灯