| 左右を数往復、上下を二往復した迷い人の視線と首。未だに驚きで座り込んだままだ。 その様を黒うさぎは視線だけで静かに、白うさぎは興味津々といった感じで窺っていた。そして迷い人は周囲に黒うさぎと白うさぎしかいないことを自分の中で何度か確認した後、口を開いた。 「夢、じゃないですよね?」 そう言いながら自分の頬をつねる迷い人に白うさぎは面白そうに笑いだし、黒うさぎは関わりたくないといった感じにそっと視線を外した。迷い人はとりあえず笑っている白うさぎに向かって再度同じ質問をした。それに対して白うさぎは気怠そうに座っていた白い切り株から立ち上がり気怠そうにしていた先ほどとは打って変わり、姿勢を正し恭しくお辞儀をしてみせた。 「え?」 「あなたが言う通りこれは夢ではなく現実です」 にこりと人当たりの良い笑みを浮かべて座ったままの迷い人に近寄り手を差し伸べた。 「座ったままでは体が冷えてしまいます」 「あ、ありがとうございます」 白うさぎの手を戸惑いながらも取りようやく立ち上がった迷い人。迷い人が立ち上がる時に視線を地面に向けた一瞬、白うさぎは黒うさぎに視線をやった。黒うさぎはやれやれといった様子で凭れかかっていた黒い木から離れ迷い人のすぐそばまで歩いた。 立ち上がった迷い人は音もなくすぐそばに来た黒うさぎに驚いたようでびくりと肩が跳ねた。 「これは驚かせてしまったようですみません」 白うさぎ同様に人が変わったかのように口元に笑みを浮かべ、白うさぎより洗練された身のこなしで謝罪のお辞儀を行う黒うさぎ。その動作に思わず見惚れる迷い人。 「えっと、あの、わたしの方こそ過剰に驚いてしまってすみません」 「いえ。とんでもない」 黒うさぎは白うさぎとは反対側の迷い人の手を取った。迷い人は戸惑いを全面に出した。知らないセカイ、見慣れぬ兎人。分からないことだらけなのだから当然だ。そこになぜか両手を左右から取られている状況が加わりさらに迷い人の脳は混乱した。 その様子を見た白うさぎは内心やってきた刺激に笑い、黒うさぎは内心厄介事なんてごめんだと思っていた。しかしこのセカイに迷い人が現れたら兎人はこうしなければならなかった。儀式のような礼節、と言えばいいのだろうか。黒うさぎと白うさぎはモノクロのセカイの案内人でもある。 「ここは【モノクロのセカイ】というあなたがいた世界とは全く異なるセカイです」 「見ての通り我々の一部を除いてはシロとクロで出来ているセカイということでその名がついています」 「ここには私、黒うさぎと」 「私、白うさぎしかあなた以外には言葉を話せる生きものはいません」 まるで照らしあわせたように滑らかに交互にこのセカイのことを説明していく黒うさぎと白うさぎ。そして基本的に入らない互いの領域を互いに跨ぎ、まるでダンスをするかのように迷い人の手を取ったまま軽やかにステップを踏む。くるくると踊る迷い人。視界にクロとシロが行き来する。目がちかちかしそうな一歩手前で黒うさぎと白うさぎのステップが止まる。 互いの領域とは別の領域に立つ黒うさぎと白うさぎ。だからこそ引き立つクロとシロ。 「残念ながらこのセカイから帰る方法はありません」 「え…」 「迷い込んだのが運のつき。さあさあ、めくるめくモノクロのセカイをご案内致しましょう」 迷い人の戸惑いなど気づかないと言わんばかりに迷い人の手を離し、また恭しく迷い人にお辞儀をする黒うさぎと白うさぎ。 迷い人から見えぬ口元には笑みか、それとも−−− |