歩けないとか死にそうとかはないけど歩かなくていいなら歩きたくない。頭がぼんやり重くてだるい。二次会なんて絶対に遠慮したいから、輪からはうまく外れている。このまま帰っても問題ないかな、と思うけど、ボロが出ないように上手くやらないと。見上げた空は曇っていて、星なんてひとつも見えなくて、はあ、と溜息をつく。淀んだ空は重そうで、わたしの溜息も同じようだ。

「大丈夫ですか、先輩」

 とん、と、肩を叩かれる。一瞬、逃避してたのが誰かに見つかったかとヒヤッとしたけど、穏やかな低い声に気持ちは落ち着く。後ろを向くと、瞳に馴染んだ髪と瞳、そしてスーツのベージュの色が飛び込んでくる。

「ちがさきだ」
「…先輩、酔ってますね、大丈夫ですか」

 酔ってるって分かるくらい、呂律回ってなかったかな。それとも、顔が赤かった?茅ヶ崎の手が、いたわるように優しく背中を撫でてくれる。茅ヶ崎の顔を見た瞬間、ほっとしたのかどっと疲れが出たのと相反するように、急に楽しくなってくる。笑い出したくなって、ごまかすように背中を支えてくれている茅ヶ崎に体重を預けると、茅ヶ崎はわたしを支えてくれた。優しいな。

「つかれた。もう歩きたくない」
「二次会、不参加でいいですか?」
「とうぜーん」
「……じゃあ、」

 帰りましょうか、せんぱい。わたしの顔を覗き込んだちがさきの、鮮やかなひとみが揺れている。きれいだな、かわいいな、おいしそう。くらくらする頭はあっという間にその瞳に魅入ってしまう。優しい声が心地いい。うん、と返事をしたら、ちがさきは穏やかに、笑みを濃くした。



「つかれたー、もうやだ」

 茅ヶ崎の選んだ部屋。手を引かれるままやって来たここはきっと、そういうホテル。なんだかいやに綺麗だし、良い部屋なのかな。適当で良かったのに。
パンプスを脱ぎ捨てて上着もその辺に投げ捨てて、ベッドに飛び込む。冷たいシーツは火照った肌に沁みて、このまま全部服を脱いでしまいたくなるけれど、さすがにそれはだめかな、ってわずかな理性と、眠たくってだるくって、服のボタンに手をかけるのも面倒くさいわたしのおかげで、わたしはベッドに沈み込むに留まっている。

「先輩、寝たら駄目ですよ」
「んー…眠たい…」
「先輩、酔うと幼くなりますね、……力が抜けてる、のが正しいかな。かわいい」

 眠気を押しのけてベッドから起き上がる。じい、と見上げても、茅ヶ崎はすこし首を傾げるだけで何も言わない。するりとネクタイを外す仕草がかっこよくて、ちょっとだけ見とれた。

「……わたしにかわいいなんて言ったのは茅ヶ崎が初めて」
「そうなんですか?」
「うん…それにわたしよりよっぽど茅ヶ崎の方がかわいい」

 わたしを見守るように、わたしの前に立っていた茅ヶ崎の腕を引く。酔っぱらったわたしの力なんてたかが知れているだろうに、茅ヶ崎は油断していたのか、それともわざとされるがままなのか、簡単に体を傾けた。ベッドに膝をついた茅ヶ崎と入れ替わるように立ち上がって、そのまま茅ヶ崎の肩を押して、押し倒す。
 茅ヶ崎の髪が、白いシーツに散る。きれいだなあ、と思って、きらきらしたその髪を掬っては落とす。そのまま頬に触れてみると、わたしと茅ヶ崎の体温が馴染んで、茅ヶ崎はぴくりと震える。ああ、かわいいなあ。かわいくて、思わず、口元がゆるんでしまう。ジャケットは脱いでシャツ一枚の茅ヶ崎の、第一ボタンは既に開けられている。ふたつめのそれにそうっと手をかけると、茅ヶ崎の目は何か言いたげにわたしを見た。でも、何も言わないの?わたし、好きにしちゃっていいのかな。

「…、かわいい」

 いつもの昼休みにだって感じたことのない感情。…感じたこと、なかったかな?わかんないけど、まあいいや。茅ヶ崎、ちがさき、とってもかわいい。なんでだろう、なんだろう、これは。くらくらするの、どきどきしてる。こんなに気持ちがふわふわしてるなら、きっと夢だ。夢に、きまってる。

――なら、夢なら。茅ヶ崎なら。

「ちがさき、すき…」

磁石が引き合うみたいに茅ヶ崎に近づいて、そっと鼻先に唇を落とす。茅ヶ崎がまるく目を見開くのが、目の端で見えた。