ああ、やっちゃったなあ、と、思いはして。既成事実作れちゃったな、って、嬉しく思う自分もいて。
茅ヶ崎、と柔らかく笑う先輩を思い出して、ぎゅう、と心臓が縮こまる。かわいかった、やわらかかった。思い出して、頬が熱くなる。かわいくて、色っぽくて、いいにおいがして。ああ、思い出しただけでくらくらする。纏わりつくかのように甘くて、その爽やかな甘さに中てられたみたいに夢中で先輩を貪った。苺みたいに赤くて甘くて、熟れた頬を冷やすみたいにぽろぽろ涙をこぼして。耳を震わす高い声がかわいくて、俺を呼ぶ声がいとおしくて。いつからかずっと知っていたけど、俺は先輩が好きなんだって、確かめるみたいにずっとずっと思ってた。それこそがつがつ頭を殴られてるみたいに。それでも言葉にはできなくて、喉元、出かかった言葉を飲み下して知らないふりをした。
先輩はどう思ってるかな、と思うと少しだけ頭が痛い。酔った先輩が拒否しないのをいいことに、飲み会を抜け出して、ホテルに連れ込んで。びっくりするくらい積極的な先輩をそのままかき抱いてしまった。普段そんなに性欲なんてないのに、驚くくらいがっついてしまったと思う。
――ひとつだけ、柄にもなく。昨日の夜、確かに握ったはずの手が外れていることに、微かに、不安を覚えている俺がいた。
どうなるかな、とか、もう一回、触りたいな、とか、先輩に触られちゃったな、とか、柄にもなく色々ぐるぐる考えて、ベッドの上で項垂れた。
シャワーから出てきた先輩を見て、愕然とした。
茅ヶ崎、と、俺を呼ぶ声はいつも通りで。昨日の甘さなんて、微塵も残ってなくて。俺を見た表情は憔悴していると言っても過言ではなくて。苦しいくらいに歪んでいたし、心なしか、目が腫れているように見えた。
朝離れていた手は離れてしまったのではない。離されたのだと、理解した。
「先輩、すみません、俺」
「やだな、そんな顔しないでよ」
「……先輩、」
「気にしないで。初めてってわけじゃないんだし、お互いいい大人なんだから」
どうしてだろう、と、先輩の声で固まった頭の裏で思った。どうして、どうして。なかったことにするみたいな、そんな言い方をするのだろう。まるで今まで通りにしましょうって、私達は他人ですって、ありありと線引きされているような。
いたい、と言っていた昨日のことを、聞こうと思ってた。それでちゃんと、謝るなり何なり、ちゃんとしたかったのに。誠意を、示したかったのに。俺が一晩温めた罪悪感を、先輩はぽい、と。いとも簡単に捨ててしまう。まるで、俺と過ごした昨夜に興味がないって言うみたいに。
頭に血が上るのが分かる。血が上るどころか、頭が火傷するんじゃないかってくらい熱かった。どくどくと心臓が熱くて、目の前にいる細い肩を、いますぐに抱き潰してしまいたかった。その権利は俺にはない。俺は、隙だらけになった先輩に、そのか細い女のひとが、油断しているところを。後輩として俺を可愛がってくれているのをいいことに、迷いなく、噛みついたのだから。
――やっぱり、だから。攻略に、チート技を用いてはいけないのだ。
俺への、罪悪感みたいなもの。そう言う色が、先輩の瞳に浮かんでいることは分かった。どうして俺は、先輩にそんな顔をさせてしまったんだろう。最低だって、そう思ったけど、それでも。
「俺、なかったことにはしませんよ」
独りよがりでもなんでも。俺は、あなたを諦められない。あの夜がこの手から零れていくことなんて、絶対に嫌だ。