オーガストに出会う前、あたたかな手をした少女に出会った。
…とは言っても俺と大して変わらない手の温度。この地で外に居続けては当然だろう。それに何故手を握られたのかは分からない。真意、それが少女の目からは読み取ることが出来なかった。
「風邪、引いちゃう」
そう言って少女は握った手にはぁっとあたたかな息をかけてきた。
こんな寒さ、冷たさなんて慣れてしまって特に何も感じないというのにまるで自分のことのように少女は俺の手をあたため続ける。手を払うことも、言葉で遠ざけることも出来たはずなのにそれが出来ない。ただその行為を見ているだけの俺。
―――遠くで少女を探す両親と思わしき声がした。
少女は迷ったような目をしてそっと手を離した。そしてポケットから銀貨を一枚取り出して俺の手に握らせた。施しのつもりか?そんなものいらない。そう、それを投げ返そうとした瞬間、少女は「あなたが健康で、この先またわたしたちが出会えますようにっておまじない」と笑って白い息を吐きだしながら少女の名を呼ぶ方へと彼女は歩幅の狭い駆け足でその場から立ち去った。
手に握らされた銀貨を手持ちぶさたにいじっているとふと小さく、かすかに鈍く光を放った。光源の先を見つめるとそこには黒い雲に覆われていた月が顔を出し銀貨を、この街を、淡く照らしていた。
ж‥ж‥ж
「…懐かしい夢を見たもんだ」
オーガストに出会う前、組織に入る前の夢を見るなんて今までなかったのに今頃どうして見たのか。
会社に行く準備をしながらふとあの少女に貰った銀貨を取り出して電気に照らしてみる。月日が流れてずいぶんとくすんだ色になってしまった。しばらく見つめた後、そっとスーツの内ポケットにその銀貨を忍ばせた。あの日から何故かこの銀貨を持ち歩くようになっていた。あの時の少女の言葉がそうさせたのかどうかは分からないが今となっては習慣のようなものになっていた。
「チカ、おはよう」
部屋のドアを開けると待っていたかのようにゆらがそこにいた。出会った頃から…いや出会った時は何も感じていなかったはずの笑顔が今はこうもあたたかに感じる。こんな気持ちを俺が持つなんてオーガストも思ってなかっただろう。自分自身でもそう思っている。不思議な感覚だ。…でも、初めは戸惑っていたが感覚の正体を知り受け止め、向き合った途端それはこうして胸の奥をあたためてくれるものになった。
ゆらは俺の目の前にラッピングも何もしていない小さな白い箱を差し出して「メリークリスマス」と言った。子どもでもないのに、なんて言ってもゆらはそんなの関係ないなんて返してくるだろう。ここは素直に受け取って、中身を確認するべきだろう。出勤前にゆらがこんなことするなんてすぐに見てほしいってことだろう。
「これは…」
「銀貨のストラップ。シンプルでチカっぽいでしょ」
「ありがとう、ゆら」
「チカが健康で、この先もずっと一緒にいられますようにっておまじないも込めて」
そう言って笑ったゆらが、あの日の少女に重なった。
銀貨の柄が同じ。ゆらの言葉は少し違うがほとんど同じ。今思い返せばぼんやりだが面影があるようにも思える。…まあゆらの感じからするとゆらがあの日の少女だったとしても覚えてはいないだろう。それに俺も確信を得きれない。けど、言えるのは一つ。
「かなり効果のあるおまじないかもね」
「へへ、そうかな」
嬉しそうに笑うゆら。俺の心を溶かしたんだからこの先もずっと一緒にいるよ。
離れるつもりも離すつもりもない、からね。