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「で?」
「いただきまーす」
「コラ」
ごはんの美味しい居酒屋さん。お酒のグラスを合わせるのもそこそこにわたしはしっかり頼んだご飯に手を付け始める。だって一日働いてわたしもうお腹の虫が鳴いてるんです。一気にビール煽る茅ヶ崎と違ってわたしは空きっ腹にお酒なんて入れられないのだ。から揚げに白米に叩ききゅうりその他おつまみ。
個室のボックス席で人目も気にならないし、居酒屋のわりに煙草の匂いも気にならない。さっすがモテ男の茅ヶ崎くん。ばさりとスーツの上着を脱ぎ捨てているのを眺めながら、わたしは黙々と夜の食事を進める。
「お前いつから先輩と知り合い?」
「そんな前じゃないけど……」
とある案件でたまたまアドバイスを貰ったこと、その他もろもろ、いかにわたしと卯木先輩の出会いが偶然の産物であるかをかいつまんで話すと、茅ヶ崎はふうん、と長い相槌を打った。いつの間に二杯目のビールも半分くらい飲んでいる。早いよ。会社の茅ヶ崎ファンは今枝豆をむいて食べている茅ヶ崎を見たら卒倒するのかな、と思いながら枝豆に手を伸ばした。
「チカゲッティ先輩って何?スパゲッティ?」
卯木先輩は、正直雲の上の人と言っても過言ではないすごい人だ。敏腕と称するに相応しい彼の武勇伝はおそらく、弊社の者ならひとつは必ず聞いたことがあるはずだ。海外を飛び回っている、噂でしか聞いたことのないその人を、わたしは密かに尊敬していた、というか、憧れていた、のだ。
★
「大丈夫?」
人もまばらになった夜の会社で画面と向き合っていたわたし。ずきずき痛んできた頭を抱えながらパソコンと格闘していたわたしに声をかけてくれたその人。ぱ、と顔を上げると、声の主であろうその人と目が合う。翡翠のような髪、丸い眼鏡。涼やかな目元。名前も知らないその人は、ふ、と穏やかに微笑んだ。もう定時なんてとっくに終わっているのに、ぱきっとした雰囲気を纏ったその人。スーツの着こなしだって、ドラマの登場人物みたいに完璧だった。まるで出社したてみたいに乱れのないその人に、ちょっと気後れしてしまったのは本当だ。だってわたしはもう一日働いてヨレヨレだったし、お化粧だって崩れてそのままだし。
「だ、大丈夫です」
「そうは見えないけどな。良ければ相談に乗ろうか」
そうしてわたしが躓いていた案件は突然現れた先輩のアドバイスにより、滞っていたところがわたしの残業は何だったんだ?と思ってしまう程にさくっと解決し。ありがとうございます!と喜々として伝えたところで、彼の名前すら知らないことに気付いて。
「すみません、わたし、名前もお伺いせずに…」
「ああ、こちらこそごめん」
卯木千景、と聞いた瞬間、わたしが椅子から転げ落ちてひっくり返るんじゃないかってくらいびっくりしたのは言うまでもない。
そして何故かわたしを気にかけてくれることが多くなった卯木先輩といつの間にかLIMEまで交換し、先輩はちょこちょこ連絡をくれるようになった。
「ゆら、俺によそよそしいよな」
「え?いやそんなことは――」
「次会うまでにあだ名考えてきて、俺の」
「あだ名……?」
★
「センスどうなってんの?」
「いや急にひらめいて……」
当の卯木先輩にも一間おいて爆笑されてるので勘弁してほしい。「最高、それでいいよ」と眼鏡を外して涙を拭う卯木先輩の考えていることがわからない。
「すごい気に入られてんじゃん……」
「なに?」
「何でもない。晩酌付き合って」
「ええやだよ、飲むなら他の人誘ってっていつも言ってるのに……」
邪魔だとネクタイを緩めて外す茅ヶ崎は、猫みたいに笑ってわたしに歯を見せた。帰りたい。けど、まあ、茅ヶ崎なら、いいか。諦めて、わたしはその思いの脚を地につけるように、深いため息をつく。ビールを煽って、べろりと口の回りを舐めて、三杯目のビールを頼むのか、茅ヶ崎は呼び出しのボタンを迷いなく押していた。
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