「たすく」
「つむ」
「むぎ〜」
「……三人ってどういう関係?」
茅ヶ崎至は談話室で話に花を咲かせる三人組を横目にずっとアプリゲームに勤しんでいたものの、三人の声が止まった一瞬、ちょうど手元のゲームもきりがついたものだから、彼は気付くとそう声を掛けていた。見知った顔ふたつに挟まれた、時折差し入れを持って現れる女の子のことを、至はほとんど知らなかった。茶髪を跳ねさせた、快活そうな印象のするその人の名がゆら、ということを、時折耳に入る三人の会話で知っているくらいだ。
「ゆらは俺達の幼なじみだよ」
紬はいつも通り穏やかな声色で、ソファに背中をぐったりと称していいほど預けている至にそう説明した。ふうん、と聞いているのか分からないような返事をした至と、ゆらの目が合う。朗らかに微笑んでみせる彼女に、至も口元に笑みを湛えて返して見せた。
「最近休みのたび来てないか?友達いないんだろ」
「失礼な。わたしはこれでも無職になった丞と紬を心配していてててて」
「余計なお世話だ」
「あはははたすく痛い痛い」
頭を手で掴まれているけど大丈夫なんだろうか。と、スマホから一瞬目を離して至は思う。慣れてそうに見えるな、と、何の気なしに思った。
「……なんか、夢みたいで」
ぽつり、と。ゆら、という女の子がこぼした言葉が真剣みを帯びる。まるで太陽が雲に隠れたかのように、部屋の温度が下がった気がした。悪い意味ではない。暑い夏の日に、日陰が出来た時のような雰囲気だった。
「わたしね、二人の芝居、好きだったから。また観れるの、本当に楽しみ」
「……ゆら、」
丞がゆらの顔を覗き込もうとするのを、至は眺めていた。彼女の声に、ゲームを中断していたから。空気を作るのがこんなにうまいのは、丞から何か教わってたのかな。自分がゲームを一瞬忘れたことに驚きながら、至は思う。聞いてみてもいいけど、聞く機会はないだろう。
「それにたすくの役に入り込んじゃうとこカワイくて大好きいたたた痛いってば」
ぱっとまた、太陽が顔を覗かせたようだった。
丞が彼女の表情を伺おうとすると、ゆらはまた鮮やかに笑って。丞をからかうような物言いをして、またその小さい頭を掴まれていた。
+
帰ると言うゆらを丞が送るといい、車の準備を玄関で待っている。たまたま談話室に居合わせた以上見送らないわけにもいかず、至も玄関先に立っていた。談話室は自らのテリトリーの内だし、仲間の来客だったからいつも会社で被るような仮面は被らずにいたが、他人を見送るのにさすがにスマホを眺めているのは失礼だ。さすがにそのくらいは弁えている。手持無沙汰な至は、靴を履くゆらのつむじを眺めていた。
「……茅ヶ崎さん」
でしたっけ。突然の自分を差す呼び声に、至は間の抜けた声で返答をして、何とも言えない気持ちになる。ちゃんと外面モードを作っておくべきだっただろうか。別に言いふらすようなこともないだろうし、大丈夫だと思ってたけど。
「さっき、ありがとうございました」
「……何のこと?」
「…恥ずかしくて、ずっと言えてなかったんです。二人がまた一緒に舞台に立てるようになってよかったって。茅ヶ崎さんが話に入って来てくれて、やっと言えました。だから」
ありがとうございました。至を見上げて、ゆらは笑った。今日一日眺めていたその、太陽のような微笑みが、自分に向けられるのは二度目で。ただその二度目は何だか妙だった。麻痺状態。至はゲームに支配されたその脳でそう思った。固められたようにその笑顔に見入って、指先一つも動かない。太陽に見つかったときとは逆で、至は驚いたように、少しだけ目を見開いていた。体は動かないが、思考は働く。口も動く。ぎしぎしと酸化したような体を置いて、至は口を開いていた。
「……だからよく来てたの?」
「へへ、お恥ずかしながら。何度もお邪魔して、すみません」
「……もう来ないの?」
きょとん、と。至がしたよりもはっきりと、ゆらはぱちりと目を瞬かせた。
「そうですね、言いたいことは言えたので。練習の邪魔はしたくないですし」
「邪魔にはなってないと思うけど。あの二人、君が来るってなるといつもウキウキしてるし」
「うそ」
ゆらはおかしそうに、目を細めて笑った。喜びを滲ませてくすくすと笑みを零すその表情にまた、至は麻痺を患う。目元に視線が釘付けなのはターゲット集中。
「…ゆらちゃん、だっけ。またおいでよ。あいつらが稽古の時は、俺とゲームして待ってよう」
「茅ヶ崎さん、ずっとゲームしてましたもんね」
今更に、彼女の前でずっとゲームをしていたことが恥ずかしくなって、体のうちからじわりと熱が吹き出すのを、至は感じていた。火傷だわ、これ。自らを落ち着かせるべくまた、疑似ゲーム世界に自分を放り込む。すげーなこの子、神スキル持ちじゃん。装備積んどかないと即死のやつ。そう思っていかついラスボスを想像するも、目の前にいるのは至…では無理かもしれないが、丞ならあっという間に折ってしまえそうに華奢な女の子だ。
「何のゲームが好きなんですか?」
「おいゆら、まだか」
「あれ?」
苛立ったような声を携えて、丞が玄関を開けて入ってくる。「準備できたら呼んでくれるんじゃないの」「エンジンかけるのにそんなかかんないだろ」仲良さげに交わされる会話を、談話室にいた時と同じように眺めている。腕を掴まれ立ち上がらされたゆらの視線が至に向いて、そんな動作が来るとは微塵も思っていなかった至は、肩を震わせ微かに身構えた。
「茅ヶ崎さん、良かったら、丞に連絡先聞いてもいいですか?」
「え?」
「なんだ、仲良くなったのか?」
「まだゲームの話、聞けてないの。また遊びに来るね、たすく」
「もう来るな。俺だって暇じゃない」
「ふふ〜んだ」
また。丞に向けられていた視線をくるりと至に向けて。
「お邪魔しました、茅ヶ崎さん」
「うん、またね」
にこりと笑顔を返し手を振る至に本日最後の笑顔を残して、ゆらは丞と共に外へ出る。紬はきっと車内で待っているのだろう。人気のない玄関で、至は体力が切れたようにしゃがみこんだ。
「(…ナニコレ。日射病?)」
顔が熱い。心臓が痛いほどに騒ぎ立てて、ざわざわと皮膚が粟立っている。久しく感じていなかった感覚だった。再度思う。外面を、ちゃんと作っておくべきだった。ポケットに入っている携帯端末に、もしかしたら、彼女から連絡が来るかもしれない。だらしない休日モードの俺に。なんとも嘆かわしい。いつもの、会社に置いているような自分なら、堂々としていられただろうか。でも、完全オフの至を見て尚、彼女は至の連絡先を聞いた訳で。
突然現れたラスボスのような女の子。俺が挑むにはまだ、レベリングが足りないらしい。