「ゆらサンてさあ、至サンと付き合ってんの?」
わちゃわちゃ騒がしいカンパニーの談話室にお邪魔している。幼なじみの至に届け物がてら、いつも混ぜてもらってしまっているのだ。みんな優しいし、遊んでくれるし、一人暮らしは寂しいから、ついつい長居してしまう。ソファにダルそうにかけている秋組リーダー・摂津くんは、わたしをまじまじと見ながらそう言った。あまりに唐突な質問に、は?と間抜けな返事をしてしまう。
摂津くんは高校生、高校三年生。至はゲーマー仲間として仲がいいみたいだけど、6こ下のおとこのこと、わたしは距離を測りかねている。摂津くんはわたしに対して結構距離が近い気がしてるけど、不良ってわたし苦手だし、ちょっと苦手かもしれない。ううん、春組のさっくんと同い年なのに全然違うタイプ。
「だぁから、至サンとデキてんの?って」
「デキてないよ」
ばっさりと否定すると、摂津くんは何を考えてるのかよく分からない表情でふぅん、と唇を尖らせた。普段から何考えてるか分かんないけど。わたしも大人になっちゃったんだなあ、とうら若き高校生を見ながら思う。そもそもこの思考が年増っぽい。至に言ったら「乙」って言われそう。まだ若いもん。
「好きな訳じゃねえんだ?」
「好きだけど…そういう意味ではなく…」
でもわたしなんで、その5歳も6歳も年下の男の子と恋バナしてるんだろう。摂津くんはクラスに気になる女の子とかいないの?なんて話を振れるほど気の知れた仲ではないし、気まずいんだけど。
「摂津くん?」
「来て」
おもむろにソファから立ち上がった手を引かれてわたしも立ち上がる。手首に触れている彼の手は大きくてごつごつしていて、体温が滲むようにわたしに馴染む。……ちょっと、ほんのちょっとだけ、ドキッとしてしまった。
*
人気のないところまで連れてこられて、これってまずかったかな、と思いながら。手首を掴まれたままくるりと摂津くんが振り返って、わたしと向かい合う。真剣な顔をしているから、わたしもちょっと緊張して口を結んだ。
「…摂津くん?」
「…ゆらサンはさ、俺のこと苦手っしょ」
ぐさりと確信を刺す摂津くんは、それが本当だと確信しているようだったし、その確信に間違いはない。他の気の置けない団員は名前で呼んでいるのに苗字で呼んでるのだって分かり易かったかもしれない。何でも出来ると豪語するだけあって、感情にだって敏感だ。
「ごめ、」
「あーいいって。謝ってほしいわけじゃねーし」
わたし、なにしてるんだろ。歳下の男の子苦手がって、気を使わせて、きっと傷つけた。自己嫌悪に揺らがされて俯いて、唇を噛む。視界の端に手が映って、迷いなくわたしへ近づいてきたのを見てるうちに、ぐいと顔を上げさせられる。噛むな、とばかりに、その手の親指はわたしの下唇を浮かせて、両唇の結合を緩くさせた。真剣な瞳がわたしを突き刺すようで、一瞬、息が詰まる。
ぐ、と。顎に添えられる手に力が入って、あ、と思う頃には、摂津くんの長い睫毛が見えた。
「はいストップ」
わたしの唇を覆ったのはあたたかい何かだったけれど、前からの衝撃ではないように思えた。それに、咄嗟に閉じていた目を開けたら、摂津くんが目を見開いているのも見えたから、摂津くんがおそらくしようとしていたであろう行為は為されなかったのだ、と。やけに冷静な頭で思った。わたしの思考はわたしそのものを置いて俯瞰しているみたいに、不自然なくらいに平然としていた。
「……至サン」
「おつ」
わたしの口を守るように被せられたのは至の手で、至が後ろからわたしを抱きしめるみたいな姿勢で、いて。摂津くんはキツい目で、わたしの後ろにいる至を睨んでいる。板挟みのわたしは頭がぐるぐるして、まるで借りてきた猫みたいに――そう。至に抱かれて身動きの取れない猫みたいに、体を小さくしてじっとしているしかない。そう、この雰囲気を察して、当てられた猫。自分の置き場所が分からずに、おとなしくしているしかない。かつてないほどの混乱に、身を置いている。
しばらく口を引き結んでいた摂津くんはふ、と表情を緩めて。その挑発的な視線はわたしを通り抜けて至に向けられていた。
「……ぼーっとしてると、知らないっすよ?」
「……はは、上等」
「じゃ、ゆらさん、また。」
摂津くんはあっさりと踵を返し、私に向けてひらひらと手を振った。残されたのはわたしと、わたしを抱きしめているみたいな至だけ。
「い、至、ありがとう、あの」
わたしの声が聞こえてないみたいに、至は動かない。わたしの口を覆っていた手がぴくりと動いて、指が一瞬、唇を撫でていく。肩が震えたのを、きっと至は分かっているはずなのに。何も言わず動かず、岩にでもなったみたいに口を噤んだまま。
「い、いたる…?」
「…気を付けろよ」
ずぐずぐと心臓が刺されてるみたいに痛い。するりと耳もとに熱を感じる。頭、頬を、擦りつけられている。懇願するようなその仕草に、わたしの脳は混乱する。至の息がきこえる。
「…あいつ、本気だよ」
「…っ、なにが、」
「分かんないフリもいいけど、俺も本気でいくからね」
「至、」
至なら、安心させてくれると、心のどこかで思っていた。この不安定で、行先の一切分からない状況を。船が遭難して、海のど真ん中に取り残されたみたいな今を。大丈夫っていつもみたいに笑ってくれるって、おつ、って軽い言葉をかけてくれるって、心のどこかで思っていた。……ううん、願っていた。
ところがどうだ。至はわたしと目も合わさずに、わたしを控えめに抱きしめている。わたしは頭をマドラーでかき混ぜられてるみたいに動揺している。
「……ゆら」
「も、やだ、離して、」
「……ごめん」
腕が離れていく。申し訳なさそうに、至の手が頭を撫でていく。
「…好きだよ、ゆら」
心の準備なんてないまま、突然に言葉が落ちてくる。ぐらりと頭が揺れる。振り返ってみたらもう、至はわたしに背を向けてさっさといなくなってしまう。一人になって、力が抜けて、そのままそこに座り込んだ。