真夏がゆらめく熱帯夜。まとわりつくような重たい気温も、赤い爪先を見ればほんの少しだけ緩む。おしゃれで心を高められるのは女の子の特権だよな、と思って、この装備を施してくれたふたりがどちらも男の子であることを思い出す。大変申し訳がない。こめかみのあたりでしゃらしゃらと、髪飾りが意見するように揺れている。
「何が悲しくて会社の人と祭りに来なきゃいけないんですかね」
「じゃあ茅ヶ崎は帰りなよ。ゲームが待ってるよ」
「嫌で〜す」
後ろでなにか聞こえるけど言語としての理解が成り立つほどには聞こえない。わたしはこの、人とおいしいにおいが立ち込めるこのお祭りでめかし込んでいることと、なにを食べるか考えるので精一杯だ。わたしの二歩くらい後ろを歩くのは、至と千景さん。
ふたりは私服なのにわたしは何故か幸ちゃんに浴衣を着せつけてもらい、なんだかひとりで浮かれているみたいになっている。
紺に近い、細いストライプみたいな縞模様に、赤と白の梅が描かれたレトロモダンな浴衣。赤い帯に合わせてつまみ細工のお花の髪飾りまで用意してくれた。
着付けが終わったら莇くんが飛んできて、わたしの目元で金魚のひれのように赤いアイラインを跳ね上げ、鱗のようにゴールドのアイシャドウを際立たせ、細いアイロンでわたしの髪にウェーブを作り、仕上げに髪飾りをつけて満足げな顔をして見せた。
鏡を見て、うれしくて笑うわたしを見て、顔を見合わせて無言でハイタッチをする二人に心ばかりのお礼を言うと、待ってるから早く行ってやれと背中を押された。
「(なんか食べたいけど決まらない)」
「ゆら一人で先行くな、大の男二人で祭りとか勘弁」
「ほんと気ままにいなくなるな、ゆらは…」
右手を至に、左腕を千景さんに掴まれる。いなくなるって失礼な、ちょっと離れてたけど、二人が歩くの遅いのが悪いのに。談話室で待っていた二人はわたしを見るなり目を丸くして何も言ってくれなかった。
さくは「か、かわいいです、きれいです!」と顔を真っ赤にして言ってくれたし、シトロンは「オー…!かわいいネ!巫女にも衣装だヨ!」ときらきらした目で言ってくれたし、「馬子だし、それ褒めてないから!」「オーウ間違えたネ!キュートだヨゆら!!」「ゆらさん、その、似合うっす」フォローと褒めを両刀でくれた綴はさすが綴。
真澄はいなかったけど、さっき「俺も見たかった」「ねえ」「写真送って」と通知が鳴り止まなかったから「自撮り恥ずかしいから」と返したら、かわいいキャラがしくしく泣いてるスタンプが送られてきて、なんだか悪者になった気分だった。春組みんな褒めてくれるのに、年長組ったら女心を分かってない。かわいくしてもらったんだから褒めてよ。もう知らないけど。
「チョコバナナ食べてみようかな」
「この暑いのに甘いものなんて食べるの…」
「千景さんは暑かろうが寒かろうが食べないでしょ…」
げんなりした顔をする千景さん。ずいぶん、いろんな顔をしてくれるようになったなあ。するりと自然に繋がれる手をとりあえず拒否しないでおく。と、掴まれていたもう片方の手、至陣営のほうもぎゅうと握られて、返事はせずに握り返した。ていうかわたしふたりとも引っ張ってる形なんだけど。
「重たいから自力で歩いてよ〜」
「そろそろ花火だよな。場所移そうか」
「え、ダメ千景さん。わたしおなかすいた」
「なに買う?」
「決まらない」
「暑い。暑すぎて死ぬからかき氷希望」
「何味?」
「ゆらが決めていいよ」
__
「かき氷しか買えてないじゃん!」
「帰りになんでも買ってあげるから泣かないの」
「泣いてないです、心しか」
「言う割にかけ放題ノリノリだったじゃん」
さすが千景さんの情報網。さっきまで人手ごった返したところにいたのに、ちょっと歩いただけで人気のない、且つ花火の見やすい(らしい)場所にいた。ちょっと崖っぽいというか、そういうところ。本当に三人っきりだ、すごい。わたしが持っているのは、緑とピンクが半分ずつのかき氷。わたしはほんとはブルーハワイ派だけど、面白くってこうしてしまった。
「たるちかかき氷」
「その呼び方死ぬほど嫌だ」
「死んでも嫌だよ」
「ちかたる?」
「死ぬ」
「そうじゃない。もういいからはやく一口ちょうだい」
至がヒナみたいに口を開けるから、いちごのほうをすくって口に突っ込んであげる。「あ〜冷たい…」とつぶやいて柵に体重を掛けてうなだれる至を横目に、わたしもいちご味をすくう。冷たさが口に広がって、ちょっとだけ涼しくなる。メロンもすくって食べる。かき氷のシロップって全部同じ味だっていうけど、錯覚ってすごいな。
もくもくと食べてると手首を取られて、「メロン」と千景さんも口を開ける。うそ、口開けてる千景さんかわいいし甘いもの食べるの?と思いながらメロンのほうをすくって差し出して、口に含んだところを見て。気付いたら千景さんがすぐ近くにいた。
「え、んっ」
「うわマジか先輩」
千景さんの冷たい舌が唇を撫でて、口を割り開く。びっくりしたまま固まっていると、千景さんのなのか、わたしのなのか、甘ったるいシロップの味が口内にまとわりついて、一瞬で思考がぐらりと揺れる。舌が合わさると、ここが外だって忘れそうになる。飲み下した唾液すら甘い気がして、首をさする千景さんの手があつくて、汗かいてるから触らないでって、塞がれた唇では言えないまま。うっすらと揺らいできた視界が分かっているかのように、千景さんの影が離れていった。恥ずかしいし、くらくらするしで、そっと千景さんの鎖骨当たりに頭をぶつけた。首に触れている指先がくすぐったくて千景さんの腕を押すけど、千景さんの爪先が肌を引っ掻いて、肩を揺らしてしまう。
「俺はやっぱり甘いもの食べるならゆらがいいな」
「はは、先輩あま」
「茅ヶ崎もそう思ってるだろ?」
言いしな、千景さんの髪が頬を掠めて、あ、と声を出した時にはもう遅い。熱くて湿った唇が首をなぞって、浴衣の襟ぐりの深いところで、肌を吸われる音がする。
「あ、だ、だめ…!」
「……言いそびれてたけど、凄く似合ってる、ゆら」
耳たぶを掬うように唇で弄びながら、低い声がぞくぞくと体を這う。するりとわたしの手をかじかませていたかき氷が攫われて、ぼやぼやしたままの目でそれを追う。腰を抱かれてくるりと回されると、千景さんの手は自然に離れていく。
強く引かれてごつん、とぶつかった先は、至の胸の中。かき氷はどこへやったのか、ちょっと強い力で腰を引かれて、顎を持ち上げられる。噛みつかれるように舌が絡むと、いつの間に食べたのか、至の口のなかも甘い味がする。いちごかな、と、ぼんやり考えている隙に舌を強く吸われて、腰が抜けそうになる。
「……、っ、は、」
「…普段より肌が見えないのに、色っぽく見えるね」
汗ではりついた前髪を、至が掻き分けてくれているのが恥ずかしい。掻き分けた髪の隙間、額に静かに唇が降りてくる。そのまま唇が滑り落ちてきて、千景さんとは逆のほうにキスの音がして、その小さな音をかき消すように、どん、と花火の上がる低い音がした。
千景さんの手が力の抜けたわたしの手を取って、ちいさくリップ音が立つ。至はわたしを後ろから抱きしめるみたいにして、わたしを花火が見えるようにくるりと回した。
「…花火始まったのにくたくただね、ゆら」
「も、やだ、さわんないで…」
「ゆら、俺に寄りかかってていいよ。浴衣かわいい」
「おそい…」
せっかくに花火なのに、どきどきして半分くらいしか集中できない。帰りの屋台でふたりの財布を絶対に軽くしてやると意気込みながら、千景さんの手を握って、至に体重を預けた。