くったくたで駅からカンパニーまでなんとか歩いて帰る。ああちくしょう、残業だったし、今日は厄日だ。ネクタイは取って首にだらりとかけたまま、シャツのボタンもふたつ開ける。当然ジャケットなんて脱いで、腕もまくって。端から見たら完全に草臥れたリーマンだろうと思うけど、これ以上ジャケットなんて着てたら肩がガチガチになって死ぬわ。勘弁してほしい。外面を演じるのはもうとっくの昔に慣れたけど、それと疲れないっていうのはまた別の話だ。帰ったら絶対脳死周回これ決まり。もうなにも考えたくない。ゲームだけしてたい。

「ただいま」

 なんだか談話室が騒がしい。何だろうとは思うけど、何が起こってようと俺は今日ごはん食べてほかってコーラとポテチで引きこもるから。ドアを開けて、「あ、帰って来た」と面白そうに俺を見る万里になんだよ、と思って。

「あ、おかえり至。遅かったね」

 おつかれさま、と、俺の好きな声がする。なんだこれ、何が起こってる。
 ゆらから耳が生えてるしなんか全体的に黄色い。俺の嫁が着ぐるみ着てる。国民的ポケットモンスターの着ぐるみ着てる。「至さん鞄落ちましたよ」「固まってるウケる」と外野の声がするけど全部消去。消去っていうかキャパ足りないから処理できない。思考の枠足りないからお別れでオナシャス。モンスターボールどこだよ何で俺帰り際ショップ寄ってこなかった?いっそのことマスターボール持ってこい。

「なに、それ」
「万里が文化祭で使ったやつだって」
「俺は着てねえけど」

 万里GJ。「ゆらさんに着せたらかわいいと思ってパクってきた」やっぱなしお前俺より先にこのゆら見たろ。このポケットモンスターのトレーナーは俺だ。ゆらが動くたび耳がぴこぴこしててメチャクチャに可愛い。「至ご飯食べる?」立ち上がったゆらのお尻に尻尾がついててもう可愛すぎてワロタ。笑うしかない。いい意味で。

「にやける……」
「え?」
「おなかすいた……」
「ああうん、待って」

 キッチンに向かう後ろ姿が可愛すぎて鼻血が出そう。耳も尻尾も揺れてる無理。目を覆って天を仰ぐ。普段ああいうの着てくれるイメージないけど、国民的ポケットモンスターはゆらも好きだし、ああいうのならいいのか。ていうか見てるとニヤけるから談話室にいたくない。

「いい仕事したっしょ?」
「何でもしてやるから言ってみな」
「今度アーケード」
「奢ってやる」

 ニヤニヤしているであろう万里の声を、目を覆い天を仰いだまま聞き流す。しかも今日の食事当番はゆらだったらしい。カレーじゃない美味しい匂いがする。今日の厄は全てここに通じていたのだ。全ての鬱はゆらへ通ず。ゆらが全部浄化してくれるから、やっぱり女神じゃん。君は人間洗浄機。

「ハイこれ、至さん」

 万里が俺に何か丸いものを渡して、去り際背中越しにひらりと手を振る。なんか持ち慣れた感触、と思って手元を見たらそこにはモンスターボールがあった。万里何お前冒険序盤でモンスターボール分けてくれるいい人?至はガチャガチャのカプセルで作ったモンスターボールを手に入れた。もう何これ何プレイ?

「えー!ゆらりんめちゃきゃわたんなにそれヤバ!写真撮ろ!インステ上げたい!!」
「はいダメダメ事務所通してくださーい」
「茅ヶ崎事務所ブロック厳しすぎ*!」



「なにそれねえゆら意味わかんないんだけど」

 ごはん食べて高速でほかって俺の部屋に置いてきたパートナーに背中から覆い被さる。うわあ、と声を上げるゆらは多分、今日俺が疲れているのを知っている。ゆらが俺の疲れを感知してくれるように、俺も、心配の浮かんだ瞳の見分け方を知っている。
そっと回った腕を伝って、手を握ってくれるゆらの体温が優しい。いいにおいがする。ああ、癒される。

「ピカチュウって言って」
「…ぴっぴかちゅう」
「至は倒れた」

 言いしな、着ぐるみのフードを取って、首筋に頬を擦り付ける。くすぐったそうに笑うゆらの声がかわいくて、なんかもうなにもかもかわいくてどうしよう。

「…ピカチュウ、今日そのまま俺と寝てくれる?」
「ぴかちゅう」
「ヴァッ」
「初代の鳴き声」

 その夜メチャクチャ安眠した。