「卯木千景はいるか」

 ついにMANKAIカンパニーに訪れたのは、きっとどうあっても。

 わざわざ出向いてきたのは脅しのためか。いや、ここで俺の居場所を奪うためか。止めようとする密を制し、出てこないように釘を刺してから玄関へと向かう。ここでのしてやってもいいが、そうすればここの団員にどう思われるか。そういうところを狙ってのところだろうか。
どうしたものか、まだ結論が出ない。気付けば噛んでいた唇は、俺がここに馴染んでしまった証なんだろう。最悪、俺は此処を出ていかなくてはならない。

……思考がまとまらない。歩き慣れた廊下を、見知らぬ任務先を歩く時のように踏みしめる。ひどく懐かしく、思い出したくなかった記憶だ。柄にもなく、焦りのような感情を持て余している。

「……は?」

 玄関に引き倒された黒ずくめの男。腕をねじられ、三和土に脚で押さえつけられている。暴れようとしたところを、首を叩かれ一瞬で落ちた。がくりと崩れ落ちたその男を冷たい目で見下ろしているのは、意外にも女だった。

「……ああ、来ちゃったか。ごめんね、お騒がせしました」
「は? え、ちょっと」

男の腕を肩にかけて、細い腕であっさりと持ち上げる。その女は、いつの間にか玄関から入って来ていた男に気絶している男を引き渡した。ネイビーのパンツスーツをすらりと着こなしたその女はぱっと見そんなに力があるようには見えないし、気品のある仕立ての良いスーツを纏った女が、こんなにも簡単に男をねじ伏せるなどと誰が思おうか。
俺からの視線に動揺することもなく、微笑みかけてみせる。一切色の置かれていないそれは、俺が浮かべるそれと同じだと、思った。心のない笑み。同業だと、一目で分かる。

「……何者だ」
「ううん、気にしないで。キミには何も関係ない。わたしも、さっきの男もね」

 綺麗に唇の端を釣り上げて笑う。一切の隙も見えない所作が、普段の動きだけで分かる機敏な身のこなしが、素人のものであるはずがない。あっていいはずがない。そんな女を、警戒しないわけにはいかない。ここは俺の家族たちが住む場所、なのだから。

「……そんな筈無いだろう。誰だって聞いてる」
「そんな怖い顔しないでよ。いい男が台無し」

 そう言って、ふざけているようにくすりと笑う。さっきからこの女は笑ってばかりだ。その笑い顔も、くるりと踵を返すその一連すら、洗練され切っている。鍛え抜かれた動作は完璧で、作り物のような印象しか残さない。ここにいるのに、それはあくまで、外面だけだ。操り人形のように、おそらく任務遂行のために、必要な行動を選び取っているだけ。そこに意志はいらないのだ。垂らされた糸に、従順に従うだけ。、

「もう気にしなくていい。不安を与えて悪かったね」
「おい、」
「……間違っても、探ろうなんて思わないようにね」

 肌を刺すような殺気。もう俺から見えるのは口元だけで、そこには笑みが浮かべられているのに。ぞくりと確かに温度を奪われる。

 こつり、と響く靴音はまるで警鐘のように俺を威嚇する。淑やかな威嚇の微笑みを残して、その女は去っていく。飛ぶ鳥跡を濁さず、の言葉に相応しく、その場に残されたのは、嵐が過ぎ去ったあとの、度の過ぎた静寂だけだった。