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毎週ではないが、杏寿郎と深月は週末の夜に会っている。
それはデートなんて甘いものではなく、ただの友人同士の飲み会という体だ。
誘うのは深月の方が多いが、今日は杏寿郎からの誘いだった。
誘われたこと自体が嬉しくて、深月は意気揚々と待ち合わせ場所へ向かった。
だが、しかし。
楽しかったのは、料理が来るまでの間だけだった。
*****
「……それで、胡蝶先生と宇髄と三人で、夜の学校の見回りをしたんだ!」
杏寿郎の話は、彼の職場である学園で話題になっている怪談についてだった。
その怪談自体は下らなくて笑えたのだが、いつの間にか赴任してきた女性教師の話になって、果てはその女性教師と夜の学校へ行ったという話だった。
しかも、その女性教師は深月も知っている人物だった。彼女は学生時代に学園の三大美女に数えられたぐらいの美人で、男女ともにえげつない人気がある女性だ。
正確には宇髄も含めた三人で、とのことだったが、あまりにも楽しそうに話すものだから、深月は途中からおもしろくなくなってしまった。
もう何年も片想いしている相手が、他の女性と夜に会っていた話など、酒が不味くなるものだ。
それでも、その不味さを誤魔化してくれるのも酒で、深月は次から次に注文する。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「大丈夫だよ。私、お酒強いもん。杏寿郎も知ってるでしょ」
「うむ、まあ、そうだが……」
杏寿郎は少し心配そうにしていたが、深月がはっきりと言うので、一旦引き下がる。
心配は心配だが、彼女が酒に強いのは事実で、実際に酔い潰れるところなど見たことがない。
今も顔色一つ変わってないので、しばらくは大丈夫だろうと判断し、話を続ける。
しかし、それがよくなかった。
深月のグラスはどんどん空になっていったのだ。
その細い身体のどこに入っているのかというぐらい、尋常じゃない量だった。
その上、まさかのちゃんぽんだ。
ビールに始まり、ワイン、ウイスキー、甘いカクテル。
ワインはご丁寧に、白も赤も開けていた。
量もさることながら、種類が豊富すぎて、どう考えたって悪酔いする飲み方だ。
さすがにまずいと思って、杏寿郎は話を止め、深月の手からグラスを取り上げる。
「もう止めなさい!何だって、そんな飲み方するんだ!何か嫌なことでもあったのか?」
深月は暫しグラスを追って腕を伸ばしていたが、届かないと気付き引っ込める。
そして、ふるふると震えながら、目にいっぱいの涙を浮かべる。
杏寿郎がぎょっとするのが一瞬見えたが、それ以降は視界が滲んでよく見えなくなった。
「だって、杏寿郎、女の人の話ばっかり……私の気持ち知ってるくせに!」
怒鳴るようにそう言って、がしゃんと大きな音を立ててテーブルに突っ伏す。
グラスが揺れて倒れたが、幸い中身は空だった。
だが、その内容と物音のせいで、周囲の視線が二人に集まる。主に、杏寿郎への非難を込めて。
杏寿郎は、『なんてひどい男なんだ』と言わんばかりの視線に冷や汗を流す。まあまあ言い掛かりだった。
確かに女性の話はしていたが、深月の気持ちなど知らない。今、初めて聞いて察したぐらいだ。
それでも、目の前で深月はわんわん泣いているし、周囲の視線はどんどん鋭さを増していくしで、杏寿郎は耐えられなくなって立ち上がる。
「深月、気が済むまで話を聞くから、一旦出よう!」
深月の腕を掴んで立ち上がらせ、彼女にハンカチとティッシュを渡す。
しかし、深月がそれを投げ返してくるので、とりあえず自分と彼女の荷物を持って、そそくさと会計を済ませる。
いつもは割り勘だが、今日ばかりは杏寿郎が全額出した。深月があれこれ飲んだせいで、いつもの倍以上の金額だったが。
深月を半ば引き摺るようにして、なんとか店を出る。
近くに公園やベンチでもないかと辺りを見回すが、生憎ここは歓楽街だ。そんな気の利いた場所は無いし、道行く人がなんだなんだと深月を見てくる。
これ以上彼女の泣き顔を人目にさらすのが嫌で、杏寿郎は彼女の頭を抱えるようにして歩き始める。
「タクシー代も払うから、今日はもう帰って、また今度飲み直そう」
話を聞いてやるつもりだったが、今夜は無理そうだった。
一応、生徒を諭すときよりも大分優しく言ったのだが、深月はやだやだと首を振って、しがみついてくる。
「もっと一緒にいる。あっち行こ」
そう言って深月が指差した先はどう見たってホテル街で、杏寿郎は硬直する。
友人とはいえ、否、友人だからこそ、気軽に行く場所ではない。
「あっちはダメだ。家まで送るから」
杏寿郎は努めていつも通りの笑顔を浮かべ、深月をやんわり引き剥がそうとする。
しかし、今日の深月は強情で、かなり手強かった。
いくら杏寿郎がやんわりと対応しているとはいえ、全く引き剥がせない。
彼女にこんな腕力はなかったはずだが、と杏寿郎が溜め息を吐くと、深月が見上げてきた。
「行くだけ。通るだけ。ね、いいでしょ?」
アルコールと涙のせいで潤んだ瞳に、紅潮した頬。
服は心なしか胸元が開いたデザインで、少々控えめな谷間が見え隠れしている。襟元に指をかければ、下着が見えそうなくらいだ。
「本当に、通るだけか?」
そんなわけないと思いつつ、杏寿郎は深月に尋ねる。
深月は何度も頷いてから、杏寿郎の腕を抱き締めるようにして、進み始めた。
「じゃあ、行ってみよー!」
さっきまでの涙はどこへやら。
かなりご機嫌な様子だったが、足元はふらついていた。
*****
案の定というか、なんというか。
深月はホテル街の真ん中で立ち止まった。
杏寿郎の腕を強く抱き締め、彼を上目遣いで見上げる。
「杏寿郎、明日お休み?」
杏寿郎も、深月の上目遣いなら何度か見たことがある。
男女の身長差があるのだから当然だが、今日の上目遣いは以前と違っていた。
潤んだ瞳や赤い頬のせいもあるだろうが、深月が自分に好意を寄せているかもしれないと知った今では、誘ってきているようにしか見えない。
杏寿郎はぐっと息を詰まらせ、しかし強靭な精神力でなんとか堪え、こう答えた。
「いや、仕事だ」
途端に深月の眉が下がり、今にも泣きそうな顔になる。
「なんで嘘吐くの?『明日休みだから、思う存分飲もう』って誘ってきたのは杏寿郎じゃん!」
足元も覚束ないほどべろんべろんに酔っているくせに、そういうことは覚えているのか、と杏寿郎は少しだけ呆れる。
覚えているなら何故尋ねてきたのか。
カマをかけるような真似をしたのか。
だが、これ以上何か言って泣かれてはたまったものじゃない、と杏寿郎は深月を宥める。
「落ち着け。俺が悪かった。明日は休みだから、泣かないでくれ!」
『明日は休みだから』と『泣かないでくれ』は文章として繋がるものなのか疑問だったが、そうでも言わないと深月は落ち着きそうもなかった。
幸い、深月は泣かずにいてくれたが、今まで見たこともないような妖艶な笑みを浮かべて、自分の襟元に人差し指をかける。
「じゃあ、寄っていこ?」
今日の下着すごいんだよー、と言いながら、襟元をぱたぱたと扇げば、ちらちらと下着が見え隠れする。
控えめとはいえ、深月の身体は女性らしい曲線を描いていて、谷間も皆無というわけではない。
おまけに、一瞬だけ見えた下着は黒だった。
杏寿郎は腕に筋が浮かぶほど拳を握り締め、ごくりと生唾を飲み込む。
だが、承諾はしなかった。
深月は「むう」と困った時の杏寿郎の口真似をして、不満そうに唇を尖らせる。
「下は面積小さいし、お尻のとこレースなんだけどなあ……せっかく杏寿郎のために新しいの買ったのに」
見たくないのね、と言いながら深月が脚の付け根を擦ってくるので、杏寿郎は理性が焼き切れそうになって、思わず襟にかけられている彼女の手を掴む。
深月は嬉しそうに目を細めて、囁くように言う。
「見たいなら……わかるよね?」
「……ああ、わかった」
杏寿郎は観念して、大きな溜め息を吐く。
少しだけ周囲のホテルを確認し、せめてと思って、一番料金が高いホテルを選んだ。
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