表紙
常盤薺は不意打ちで
それは、たまたま目に入っただけの定食屋だった。
新しい店を開拓するのも良いと思い、煉獄はその店に入った。
「いらっしゃいませ!」
中に入って、すぐ出迎えてくれたのは、明るい笑顔を浮かべる女性だった。
「あら、お客さん、おっきいですねえ。髪も綺麗」
そこらの男より高い上背も、鍛えられた体躯も、煉獄家特有の派手な髪色も、彼女は純粋な瞳で捉えて。
「やだ、ごめんなさい。すぐに案内しますね」
うちの料理は美味しいんですよ、と言いながら空いている席に案内してくれる様は、とても可憐で。
すぐに目が離せなくなった。
*****
「いらっしゃいませ!」
今日も、定食屋の看板娘である、深月の明るい声が店に響く。
「あらあら、煉獄さん。今日もいらしてくださったんですね」
来客が今や常連になった煉獄だと気付き、ふわりと微笑む。
その笑顔に、頬が勝手に緩むのを引き締め、煉獄は笑顔を返す。
「ああ! ここの料理はどれもうまいからな!」
深月の案内で席につき、いつもどおり彼女に話し掛ける。
「今日のおすすめは?」
「そうですね。煉獄さん、昨日でうちの料理全部制覇しちゃったんですよねえ……」
深月は頬に手を当て、うーん、と悩む。
煉獄は、ほぼ毎日のように来ては、深月におすすめを尋ねてきていた。
そのせいで、途中からはおすすめではなく彼がまだ食べたことがない献立を提案していたのだが、それももう無い。
「あ、そうだ。まだお店には出してない料理がありまして、試食をお願いしてもいいですか?」
「うむ! 頂こう!」
どんな料理かも聞かずに返事をする煉獄に、深月はくすっと笑って礼を言い、厨房に下がっていく。
料理を待つ間、煉獄は軽く店内を見回す。
今は、客が少ない時間帯だ。客は煉獄と、近所の常連だという老夫婦だけ。
敢えて、そういう時間帯を狙って来ているのだ。
初めに来店したときに客が多くて、深月とまともに話せなかったから。
客が少ない時間帯であれば、深月もあまり忙しくしておらず、軽い世間話に付き合ってくれるから。
世間話ついでに彼女のことを聞いて、自分のことを話して、大分打ち解けたと煉獄は思っている。
鬼殺については、さすがに話すわけにはいかなかったが。
そろそろ深月と店以外で会う約束でも取り付けたいところだが、如何せん、煉獄も彼女も忙しい。
煉獄が空く昼間には、彼女はこの定食屋で働き詰めだし、彼女が空く夜には、煉獄は任務がある。
それに、例え任務がなくとも嫁入り前の娘と夜に会うなど言語道断だろう。
そんなことを考えていると、深月がお盆を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました」
お盆ごと置かれた料理は複数あって、見覚えのないものばかりで煉獄は首を傾げる。
深月は笑顔を浮かべながら、料理について説明する。
「洋食が巷で流行っていると聞きまして、ちょっと研究していたんです。でも、食べすぎて自分ではよくわからなくなってしまいまして……」
恥ずかしそうにはにかんで、「煉獄さんの率直なご意見を聞かせてください」と言う。
その表情がどうしようもなく可愛く見えて、煉獄はにやける顔を誤魔化すように料理を口に運んだ。
煉獄がそれをよく噛んで、味わって、咀嚼するまで、深月はじぃっと彼の様子を伺う。
煉獄の感想が気になるあまり、真剣になっているのだろう。彼女の眉間には小さな皺が刻まれている。
彼女を視界の端に捉えながら、煉獄は思わず軽く吹き出した。
「さすがに、そんなに見られては食べ難いのだが」
「えっ……あ、す、すみません!」
深月は恥ずかしそうに眉を下げ、頬を染めながら顔を背ける。
煉獄はくつくつと笑いながら、深月に向かいの席に座るよう促す。
「どうせなら、今日も話し相手になってくれ」
「はい。じゃあ、失礼します」
熱くなった頬を扇ぎながら、深月は煉獄の向かいの席に座る。
座りながら、今しがたの煉獄の表情を思い浮かべる。
いつも快活な笑顔の彼が、眉を下げて柔和に微笑んでいた。
今はいつもの表情に戻っているが、その微笑みがなかなか頭から離れない。
頬が熱いのは、恥ずかしさのせいか、その微笑みのせいか。
深月は雑念を払うように首を振り、煉獄に笑顔で話し掛ける。
「どうでした? お店に出せそうですか?」
「うむ! うまいぞ!」
簡潔だが肯定的な返事に、深月はぱあっと顔を明るくさせる。
「よかった! この洋食は、私が作ったんです。店主は洋食に否定的で。でも、流行りのものも取り入れないと、新しいお店にお客さん取られちゃうから……」
「ああ、それは困ったな」
「ですよね! お店が無くなると、常連さんが悲しむし、私も働き口が……」
「いや、そういうことではなく」
「えっ?」
深月ははて、と首を傾げる。
お店がなくなることではないのなら、店主が洋食に否定的ということに同情してくれたのだろうか。
煉獄は箸を置き、腕を組んで、困ったように笑った。
「君が作ったと聞いてしまったから、公正な判断が出来なくなった」
きっとうまいのだろうがどうしてもな、と煉獄は料理に視線を落とす。
彼の言っている意味が分からず、深月はさらに首を傾げる。
彼女の様子を見て、煉獄は説明を付け加えることにした。
「俺は君のことを好ましく思っているから、どうしても贔屓目に見てしまうんだ」
「へえ……そうなんですか……」
間の抜けた声で返事をしてから、数秒後。
「えっ、ええっ!?」
深月は顔どころか耳まで赤くして、大声を上げた。
店主や老夫婦がなんだなんだと視線を送ってくるが、そちらに配慮する余裕は、今の深月には無い。
「こんなに通い詰めていたのに、気付いてくれていなかったのか」
深月に気付かせないようにしていたくせに、煉獄はわざとらしく溜め息を溢す。
「だって、うちの料理がおいしいから通ってくれてたんじゃ……」
「それもあるが、一番は君が居るからだな」
ここまで言ったのだから、もう後には引けない。
煉獄はふっと笑って、机の上で震えている深月の手をそっと握った。
「さて。君の休みを教えてもらえるだろうか?」
深月は何か言おうとするが、何も言えずにだた口をぱくぱくとさせるだけだ。
頬が熱いのは、心臓がうるさいのは、何故なのか。
▼おもち様
リクエストをありがとうございます!
楽しみにしてくださってありがとうございます!
全然更新できてませんが、地道に無理なく頑張りますね💦
煉獄さんに口説き落とされるの、良いですね✨
口説き落とせてはないかもですが、きっとほぼ落ちていると思います……!
素敵なリクエスト、ありがとうございました!
▼好き
▼続きがあるなら読みたい
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