そうそう、私ね、早いところスーパーに行かなきゃいけないんですよ。お母さんに、「帰りに卵と椎茸買ってきて」って言われてて、使命を全うしなくてはいけないのね。だからちょっと、ねえ。
「美佐さん」
「んー?」
「どこ行くのこれ」
「テニスコートだけど」
ちょっと助けてほしいからついてきて、と言われて、その用事が終わり次第そのまま帰るつもりでカバンを肩にかけて歩いたまではよかったが、靴を履き替えて向かっていく先にあるのは、私の予想が正しければテニスコートで。
いやいやまさか、美佐だって打倒テニス部!って言うくらい好ましく思っていないし、行くわけないじゃんと思いながら質問してみれば、信じたくなかった回答が、私の前をスタスタ歩く彼女の口から発せられた。
思わず駆け足になって彼女の横に並び、顔を覗き込む。
「どういう風の吹き回し」
「ちょっと勘違いしないでね。ジャッカルに用事があるの」
「ジャッカル?」
「そう。ほんとは放課後になる前に済ましたかったんだけど、タイミング逃しちゃって」
「それで今ってこと?でもなんで私が、」
「一緒に来てくれるのが友達でしょ?」
「……」
あまりにもきれいに笑うから背筋が凍った。
う、うん、そうだね!なんて片言気味に返事をし、仕方なく向かう。体育の授業以外でテニスコートに近づくのは初めてで、部活動中の彼らを見るために集まっている女子を実際にこの目で見て、正直引いた。
「丸井くーん!」
「あああっ目が合った!」
「柳くん美人!!」
「ちょっと、幸村くんだって美人よ!」
いや、なに美人対決してるの。
テニス部美人担当は柳くんで正解です!幸村くんは、噂で聞いているとおっかないから美人担当から外して違う担当についてもらっている。
それにしても、この女子の塊はどうしたらいいのだろう。壁になっていてテニスコートできっと活動中のジャッカルの姿が見えやしない。腕を組みながら、「無理じゃない?」と美佐に投げかけた。
「ここまでとは……」
「さすがにジャッカルの名前叫んでも聞こえなさそうだねぇ」
ということで用事は明日に持ち越しておきなよ、と踵を返した私の肩を、ぐわしと美佐の手が掴む。ぐぐぐと力が入ってくるものだから、痛いよなに!?と振り向けば、さっきと同じようなきれいな笑顔。
「ここで志眞の出番だから」
「……は?」
「大丈夫、あんたの声は特徴的だもん!」
彼女のもう片方の手が、ぐっと親指を立てる。
この女子の集まりがここまですごいとは思っていなかったけれど、ある程度の予想をしていたからこそ、ジャッカルの名前を叫ばせるために私を連れてきたということか。
「いやおかしくない!?私が用事あるわけじゃないのに!」
「ジャッカァアアアアル!!」
大きく息を吸って叫んだ名前は、果たして彼の耳に届いただろうか。女子の何人かは眉間にしわを寄せてこちらを見てきたので、見ないでくれとばかりにその場にしゃがみ込み、顔を覆った。恥ずかしすぎる。
そんな私の背中を優しく叩き、ありがとう、と声をかけてくれる美佐の声色はとても優しく涙が出そうになるが、こいつが原因だったと頭に叩き込んで涙を引っ込める。
「おまえかよ、驚かせやがって」
その数分後、無事に耳に届いたらしいジャッカルがコートを抜けて私たちのもとへ来た。少年を引き連れて。
「久しぶりっす、志眞先輩!」
「や、名前教えてないよね?」
「ジャッカル先輩に聞いたんで」
「聞いたの言葉の裏に、問い質したって聞こえる気がするんだけど幻聴?」
私の目の前で立ち止まると、「お、鋭い」なんて言いながらいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
そんな笑顔浮かべたって全然可愛くないし!こっちは避けたくて仕方ないテニス部だってことくらいジャッカルも知ってるくせに、なんで簡単に教えちゃうかな!?と内心イライラしている横で、美佐が口を開いた。
「ジャッカル、英語のノート貸して」
「は?」
「あんた予習ばっちりでしょ?あたし英語苦手なんだけど、明日の授業で当てられそうだからさ、ジャッカルの写させてもらおうと思って」
美佐……!そんな理由で!!
この後3日間くらいは、彼女のお願いはとことん拒否した。
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