ままならない先輩
【設定】
・桐先中出身の辻峰3年生。親の転勤で高校入学時に引っ越した。
・斜面打起こしの射手。師匠は故人である母親。
・母親は茂幸叔父さんの元師匠。茂幸さんとは実はきょうだい弟子。二階堂と知り合ったのは中学。
・高校生離れしたスタイルのメガネ美人。弓を引くときはコンタクト。男慣れしている風だが男性経験はなく、わりと押しに弱いが恥じらいはすぐ捨て去るタイプ。
・メイド喫茶でバイトをしている。
・基本的にローテンションだが身内にはとことん甘い。同じ流派の後輩である二階堂を色んな意味でかわいがっており、恋人同士。樋口のおねだりが弱点。
・辻峰では副部長。会計など事務的な部分を担っており、指揮は二階堂に一任している。コーチ役は二階堂と分担。
・湊、静弥、愁とは知り合い。本村、佐瀬とは友達。桐先では女子部の部長だった。
・特技は家事と試合に勝つこと。小動物が好き。スポーツ、歌、大きい声が苦手。
・花言葉 / イベリス「優しい思い出」
*****
【夢主視点】
「先輩、内部進学しないんですか?」
中学最後の全国大会を控えた中3の夏、弓道部の後輩である二階堂は突然そんな話を振ってきた。
朝一の教室で。
「……二階堂さ、あと2分でHR始まるんだけど」
「わかってますよ」
わかってないでしょ。クライスメイトたちは"またか"という視線を向けてくる。
二階堂は度々この教室を訪れるので知名度が高い。あと普通にイケメンだから。
「誰に聞いたのか知らないけど、そうだよ。詳しい話は部活のときでいい?」
「……昼休み、また来るんで」
二階堂はむっとした表情でそれだけ言うと、自分の教室に帰って行った。
「二階堂のやつ、相変わらず舞田推しだな。しかも強火同担拒否かつリアコとは」
隣の席の佐瀬は、のりりんのうちわを揺らしながら笑っている。めちゃくちゃディスってる気がするけど全部事実だ。
その向こうで本村も同じような呆れ笑いを浮かべているのが見えた。
「本村なんとかしてよ、君んとこの部員でしょ?」
「彼は、僕より舞田さんの言うことに従いそうですけど」
この2人は傍観者に徹する気らしい。
別に二階堂のことが嫌いなわけじゃないし、むしろかわいがっている。ただ何かあるとすぐ"こう"なので、ちょっとめんどくさい。そんなとこもかわいいと思っていることは、後輩バカすぎて言えないけど。
*****
「先輩、メシ行きますよ」
チャイムが鳴ると、ほぼ同時に二階堂が教室に現れた。
「はいはい。私、今日は食堂行くけど」
うん、と頷いた二階堂は私の腕を掴んで歩き出した。
「掴まなくても逃げないよ。私が君から逃げたことある?」
「ないっす」
ないなら離してくれてもよいのでは? 言っても無駄だけど。
*****
「あ、二階堂先輩……と、舞田先輩? どうしたんですか?」
食堂に行く途中、1年の教室の前を通ると、これまた弓道部の後輩である鳴宮に遭遇した。鳴宮は二階堂に掴まれたままの腕を見て首を傾げている。やっぱこれ、異様に見えてるんじゃん。
「鳴宮、おつかれ。見ての通り、連行されてるの」
「よう、湊ちゃん。俺達これからメシだから、じゃあね」
「あ、はい、おつかれさまです」
二階堂は人の好い笑みを浮かべて、早々に会話を切り上げた。鳴宮もそこまで関心はなかったのか会釈をして去って行く。
「二階堂、せめてこの連行スタイルやめない? 普通に恥ずかしいんだけど」
「じゃあ手繋いでくれますか?」
「やーだよ、校内で。バカップルみたいじゃん」
掴まれたままの腕をくるりと返し、二階堂の腕を掴み返して手を離させた。ちょっとした護身術だ。
「てか、早く行こ。席なくなっちゃう」
*****
「親父の転勤についてくことになったの。だから内部進学はしない。そんだけ」
無事食堂の席を確保した私たちは、向かい合って同じ定食を食べていた。
「どこの高校に行くんですか?」
「まだ決まってない。まあでも、県立かな」
うちの親父は端的に言ってクソだ。家族は一緒に暮らすものだと言って私や母を縛り付けておきながら、仕事でろくに帰って来ないし、自分は外で好き勝手に遊んでいる。母が病死して、家事をする娘がいないと困るだけだろう。といっても、母が死んだのは私が小学生のときなんだけど。
母の勧めで物心ついた頃からやっていた弓道だけは続けさせてくれたけど、そのために桐先の高等部に進学させてはくれなかった。それに母が亡くなってからは、しきりに弓をやめろと言うようになった。
ほかのことでは反抗しなかった私がそれだけは拒否していたからか、最近では部活をやるなら1番になれ、部長になれとうるさく口を出してくる。大会も見に来ないくせに。だから、部長にも1番にもなったけど、親父はそれを知らない。
「内部進学、したくないんですか?」
「どうだろ。強豪に行った方が練習環境がいいとは思うけど、正直、この先ずっと正面で引かされるのもね」
斜面打起こしは、師匠である母が教えてくれたものだ。斜面の射手は少数派だから、自分がやめても衰退させたくない、私にも人に教えられるようになってほしいと生前に言っていた。私は最近知ったけど、母は弓道界ではそこそこ有名だったという。墓参りに来ていた人から聞いた話だ。
二階堂は静かに話を聞いていた。
「――まあ、学校決まったら教えるよ」
「! ……わかりました」
二階堂はどうせ桐先に進むんだろうし、別に進学先を隠す理由もない。軽い気持ちでそう答えれば、納得したのか二階堂の表情は少し緩んだ。