【恋焦がれ憎くも思う白き日よ 】現パロ−兵太夫
「これ、お前にあげる」
「なんですかこれ?」
「チョコ。酒入りの」
「え。何で私に?」
「自分で考えろよ」
むすっときれいな顔を歪めた笹山さんは結局私の手にチョコを押しつけるとすたすたと歩いて行ってしまった。
あの笹山さんの事だから中身は全く違うもので、期待したが最後、タバスコでも入った罰ゲームのようチョコに悶絶するんじゃないかと家に帰って恐る恐るナイフで割った。すると間違いのない洋酒の香りがして心の中で笹山さんに謝罪をし、それと同時に何故だとかどうしてだとか疑問だらけになった。
そしてそんな出来事から約一ヶ月が経とうとしていた。
笹山さんはバレンタインに私の好きなお酒が入ったチョコを渡してきたくせに次の日もその次の日もそのことには触れず、それどころかいつもと変わらないちょっと意地悪な職場の先輩のままだった。
私は間違いなく期待して、少なからず喜んだりもした。この先関係が変わるんじゃないかと考えるとドキドキして顔が熱くなっていたのに、肩すかしを食らって勘違いした自分が恥ずかしくなり、期待するような行動を取った笹山さんに腹が立って、今では関心がなくなってしまった。
きっとからかわれたんだ。どぎまぎする私を見て面白がっていたんだろう。そう考えて悩むことは止めた。
毎週ノー残業デーと決められた今日はみんな早々と会社を後にする。私も同僚とご飯でもと思っていたのだけど最近趣味で始めたボルダリングのジムに行くと言って断られてしまった。暇なら一緒にボルダリングするか。と言われて首を横に振って慌てて会社を出て来た。折角だから私もショッピングでもして帰ろうかと腕時計に目をやりながら歩いていると後ろから肘を力強く掴まれた。びっくりして振り返り掴んだ人物を見上げると思わぬ人がいて掴まれたときよりも驚いてしまった。
「今日一日待ってたのに何もないわけ。返事がないのが返事ってこと?」
「ま、待ってたって……何を」
「今日がホワイトデーだろ。一般的にバレンタインの返事をする日だと思うんだけど。今日何かしらお前から言われると思ってドキドキしてたのに特に何もないし、あげくには他の男をご飯に誘いやがって、どういうつもりだよお前。当てつけか。自分がふった男が悔しがってるのを見て楽しいかよ」
冷たい目で睨むように見られて背筋が凍るほど寒気がした。
ギリギリと肘を掴む力が強くなっていき痛みに身を捩ったとき案外すんなりその手は離された。
「お前がそんな女だとは思わなかった。真剣に考えてくれると思ってたからずっと待ってたのに、思わせぶりな態度で期待させておいて底なし沼に突き落とすみたいなやり方してたちが悪すぎる」
「そんな待ってください。人聞き悪い。私は」
「うるさい。お前の話なんか今更聞きたくなんかないね。どうしてくれるんだよ。僕の気持ち。こんな仕打ちにあっても僕はお前のこと嫌いになんかなれないんだよ。好きでしょうがないのに今更お前から直接ふられる言葉なんて聞いたら立ち直れない。僕が倒れたらどうするんだ。責任とれるのか」
冷たく睨むような目は変わらない。でも、握った拳は震えていて一文字に引かれた唇も耐えるように引き締められている。
私を責め立てて脅すような言葉を選んでいるけど本心とそうじゃない想いが混じっている様に感じた。
いつも余裕で冷静で慌てる様子なんて見たことない笹山さんが今は焦る気持ちを隠そうと必死になっている。そんな姿を見て私はやっと笹山さんの本心に気が付いた。とても愚かだったと、少し前の自分を責め、後悔までした。
「あの……笹山さん、私」
「答えなんてわかりきってるんだ。聞きたくない」
苦しそうに吐き出すと私の手を優しく取り、指を絡めて数回握った。
「答えはいらない。わかるから。でもお返しはもらう。今日一日でいいから手をつないでデートしてよ。それがお返しって事で納得するしそれで諦める」
一瞬俯いた笹山さんはどこか辛そうで見ているこっちが悲しくなる。けれど私が声をかけようとした空気を察したのかパッと上げた顔にはいつもの自信たっぷりの意地悪な笑みがあった。
「行くぞ。面と向かって話すの嫌だろうから映画にするか。今、何か面白そうなのやってたっけ」
優しくひっぱる笹山さんは笑ったままそんなことを言う。わざとらしいいつもの声色が私の胸を締め付け、動く足を止めた。
「ん? おい、どうした」ぴたりと止まった私を振り返った笹山さんが微かに眉をひそめた。くいくいと軽く手を動かして私に歩くように促すけど、私が動かないのを見て困ったようにため息を吐いて半歩開いていた距離を縮めた。
「そんなに嫌か。今日、あと数時間も二人でいたくないくらい僕のこと嫌い?」
「……」
「そうだよな。僕はいつも優しくなんてしてやれなかったからな」
言いたいことはたくさんある。ありすぎて頭が着いていかず、声にならなかった。そんな私をどう受け取ったのか自嘲気味に吐き出した声と一緒に握った手が離れた。
「ま、待って」
頭は相変わらずぐちゃぐちゃだけど、この手だけは離したらいけないと、今度は私がその手を両手で掴んだ。縋りつく私を意外そうな表情で見た笹山さんは頬をほんのり赤くして視線を斜め下に落とした。
「本当にやめろよ、その思わせぶりな態度。僕が勘違いして困るのお前だろ」
「困りません! 私チョコ嬉しかったんです。でも、笹山さんいつも通りだからよくわからなくて……今も頭の中真っ白でどうしたらいいのかわからないんです。でも、笹山さんが離れちゃうのは嫌で、その、私……あの」
自分の口から何を発しているのかわからなくなってどんどん語尾は萎んでいった。
「チョコ嬉しかったんだ? なのに、次の日もその次も何も言ってこなかったわけ」
「笹山さんがチョコのやり逃げみたいなことするのが悪いんです」
「ひどい言いぐさだな」
ふん。と鼻を鳴らした笹山さんは言葉だけ聞けばいつもの嫌味な言い方だったけどその表情は驚くほど幸せそうで口元が緩んでいた。私の視線に気がついた笹山さんは慌てて引き締めた顔に戻して私の目元を手で覆った。
「見るなバカ。僕がこの一ヶ月どんな気持ちだったかも知らないで無邪気に見上げるんじゃない」
大きくて綺麗な手によって笹山さんの顔は見えなくなってしまったけど、今度はその声に喜びがにじみ出ていて私も心底嬉しくなった。
にやにや笑う私の口元は笹山さんからは丸見えで、それを「生意気だ」と、すねた声で忠告すると頬を緩く摘まれた。
「折角だから映画以外の所にしよう。ちゃんとお前の顔を見れるところがいい」
「私も笹山さんの表情が変わるところたくさん見たいです」
「……これから好きなだけ見せてやるよ。ずっと」
END
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