実習で失敗して毒の針を受けてしまった。実習の目的は果たし学園には戻れたけれど辿り着いた途端足の力が抜け地面に体を打ち付けて、掃き仕事をしていた小松田さんの慌てて私を呼ぶ声と駆け寄る足音を聞きながら私は意識を飛ばした。
どうやら高い熱が出て数日寝込んだらしく、医務室で目覚めた私はシナ先生に叱られてしまった。しかし、最後には無事でよかったと笑い頬を撫でてくれた。
「新野先生がよしと言うまであと数日は休んでいること。いいわね」
その言葉に頷いて私は素直に布団に入り直した。その様子に納得したシナ先生は見惚れる微笑みを残して静かに出て行ってしまった。
誰もいない医務室は少し寂しくて紛らわすように頭まで布団を被ると枕元に小さな何かがあることに気がついた。恐る恐る触れてみても布の感触しかしない。なにか手がかりをつかもうと探っても紐が付いているということしかわからず、仕方なくそれを掴み上半身を起こして布団から出た。
見るとそれは手のひらより少し小さい巾着で誰かの手作りなのだろう、端っこがしっかり縫えていなかったり糸が所々飛び出したりしていた。袋口の部分は硬く何重にも結ばれていて、さらに寸法間違いなのかその紐はやけに長かった。
「あーだめだめ! 開けたらだめだ」
中が気になってなんとか見てみようと硬く結ばれた紐をかりかりと爪で弄っていると頭上から声が聞こえた。上を見るよりも先に布団の横に人が降りてきて私の手を巾着ごと掴んで止めた。
「七松くん?」
「りん。まだ寝てたほうがいいぞ。毒が抜け切るのに時間がかかると新野先生と伊作が言ってた」
私の驚きは七松くんの真剣な声にかき消された。
片方の手は私の両手と巾着を掴んだままもう片方の手は肩に添えられて気遣うように撫でられる。
七松くんとはそこまで関わりもなかったはずなのにあまりにも優しい態度を取るから困惑してしまう。
「七松くん。どうしたの」
「どうしたって、何がだ」
「そんなに……その。心配してくれるのどうしてかなって」
「私に心配されるのは迷惑か」
「まさかそんな! 迷惑なんかじゃないよ。嬉しい、ありがとう」
そんなに関わりはないとしても心配してくれるは嬉しい。素直に感謝を伝えると七松くんは満足げに笑って肩に添えていた手の力を強めて私を押した。
「もう寝たほうがいいぞ。寝るまで側にいてやるから」
「え。いいよ。そんなの」
「なんだ。嫌なのか?」
「寝顔見られるのは恥ずかしいしから」
「ああ。それなら心配しなくて大丈夫だ。りんがここに運ばれてから時間が許すときは天井裏から見てたから」
七松くんは「今更だぞ」と豪快に笑ってから強引に寝かせようとして今度は両手で肩に触れた。七松くんの発した衝撃的な事実は私の羞恥心だとかいろいろなモノを揺さぶった。
しかし、いくら今更だとしてもやっぱり七松くんが横にいて眠るなんてできない。そう考えているとき、ふと手の中の小さい巾着が目に入った。確か七松くんはこれに反応を見せて天井から降りてきたんだと思い出して七松くんの目の前に掲げて見せた。
「七松くん、これ」
「ん?」
「これなあに。中にはなにが入ってるの?」
「ああ。中に入ってるのは護符だ。りんが早くよくなるように貰ってきた。それで、長次に教わって巾着を作ったんだ。その中に護符を入れれば首にかけて肌身はなさず持っていられるだろ」
なるほど、だから紐が異常に長かったのか。所々糸が飛び足してるのも七松くんの手作りという事で納得できた。だけど、わざわざ護符を貰ってきてくれる気持ちは納得できなかった。
「実習で怪我した人みんなにこんなことしてるの?」
「するわけないだろう」
キッパリと飛んできた言葉にじゃあ何故。という疑問を抱き、その疑問の中にほんの少し勘違いする気持ちが沸いて言葉に詰まった。手元の巾着に視線を落とすと七松くんの大きな手に奪われてしまい、反射的に七松くんを見れば真剣な表情で私を見ていて、まるで射抜くようなその目に体の奥の胃の辺りがざわついた。
「これ、肌身離さず持っていてくれよ。本当は毎日傍にいたいがそうもいかない。私がりんを守ってやれないから、これが代わりなんだ」
嫌に柔らかい声色と共に、不格好な巾着を私の首にかけてくれた。その優しい手つきと言葉に込められる想いはもう勘違いなんかではなかった。
そっと頬や髪に触れる指先に愛しさが込められて体が熱くなる。
「顔が赤いな。やっぱり起きてたらダメだ。りん、私は心配でたまらないんだぞ。お願いだからもう寝てくれ」
「ちょっと待って、七松くん私は」
「りん、今は恥ずかしがってる場合じゃないだろう」
七松くんはまたしても寝かせようと私の両肩を掴んで、ぐぐぐ、と布団に押しつけようとした。私が拒む理由をどうやらただ単純に寝顔を見られるのが恥ずかしいだけだと思っているようだけど、恥ずかしい理由が今とさっきでは大きく違っている。七松くんの気持ちを知った今、寝顔はもちろん、こうやって一緒にいることや触れられることも意識してしまって仕方ない。顔が赤いのだってそれが原因だというのに。
「待ってよ。待って待って」
「りん、わがままはよくないぞ」
「もう。違うんだってば」
「あ、こらダメじゃないか小平太。りんちゃんは安静にしてなきゃいけないって言っただろう。我慢できなくて起こしちゃったの?」
押しては引いてを繰り返していた私たちはその声にぴたりと動きを止めた。二人で声がした方を見れば保健委員会委員長の善法寺伊作くんが、仕方なさそうな顔をしながら、入ってきた戸を後ろ手に閉めているところだった。私が善法寺くんだと認識したのと同時に七松くんが「違うぞ伊作!」と、声を上げた。
「私はりんを寝かせようとしていたんだ。私が起こしたのではない」
「わかったわかった。どっちにしたって小平太がいたんじゃりんちゃん眠れないよ。僕が看るから小平太は」
「何故伊作はよくて私はダメなんだ」
「僕は保健委員だからいいんだよ」
善法寺くんの七松くんへの対応がまるで聞き分けのない子供相手みたいで面白くて笑ってしまう。しばらくはゴネて居座ろうとしていた七松くんだったけど、最終的には渋々といった様子で納得して立ち上がった。
「じゃあ私は行くけど、りんに変なことするなよ」
「しないよ! 失礼な奴だな」
「りんもしっかり休むんだぞ」
「うん。ありがとう七松くん」
手を振って七松くんが出ていくのを見送った。気配が遠ざかっても私と善法寺くんは戸に目をやり続けて完全に気配がなくなったのを確認して二人同時に顔を見合わせた。
「りんちゃんも笑ってる場合じゃないよ。君は大変な状況だったんだ。後遺症もあるかもしれない。長く起きてるべきじゃないよ」
「はあい……」
善法寺くんの厳しい言葉に、色々な人に心配と迷惑をかけたんだな。と、つくづく実感した。少し疲れた気もするし、大人しく眠ろう。
そうして首からぶら下がる巾着を懐の中へしまおうとしたとき善法寺くんが「あ、それ」と指さした。
「これね、七松くんがくれたの。護符が入ってるんだって」
「知ってる。りんちゃんが医務室に運ばれたって知ったときの小平太の取り乱した様ったらすごかったんだよ。なんとしてでも医務室に入ろうとして先生方でも取り押さえられないくらいで。小平太がいたってできることなんかない! って学園長先生がお説教なさってやっと落ち着いたんだ。鎮火するみたいに静かになったと安心していたら今度は学園を飛び出して、夜中に帰ってきたと思えば護符を貰ってきたって言うからみんな驚いちゃったよ」
時折身振り手振りを交えて楽しそうに告げた善法寺くんだったけど、私には笑うことはできなかった。私の知らないところですごいことが起こっていたという大きな驚きと少しの恥ずかしさに善法寺くんを見ていられなくて、俯くように手の中の護符入りの巾着を見た。
「巾着を作った小平太がりんちゃんの首にどうしてもかけたいんだって言ってまた一悶着あったんだ。すごい執念だよね」
「うん。すごい、ね」
「それほど好きなんだよ。小平太は、すごく君のこと好きなんだ。何もできないことがもどかしくて、自分ができることを見つけた結果がそれだったんだ」
俯いたまま目だけを善法寺くんに向けると微笑ましいといった様子で私を見ていて、なんだか居心地が悪くてむずがゆくなった。
「さ。りんちゃん、もう寝ようか。小平太の為にも早くよくならないとね」
場を和ませるような声に促され、今度こそ巾着を懐にしまい横になった。善法寺くんは私がしっかり布団に入ったのを確認すると少し離れたところへ移動して背を向けたまま何かを擦り潰す作業を始めた。その一定の音を聞きながらゆっくりとまどろみ、それに抗うことなく私は暖かい眠りに包まれた。
END
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