「ごっこ遊びしようかりんちゃん」
ソファに横になってテレビを見ていたと思っていたのに、いつの間にか床に座り雑誌を眺める私の隣にいた秋山さんは、いつも通りの笑顔のままでよくわからないことを言った。
「ごっこ遊び、ですか。電車ごっことかヒーローごっことか?」
「俺をいくつだと思ってるの。そうじゃなくて、ヤンデレごっこ」
「やんでれ……」
どうやら秋山さんは、この前行ったキャバクラでヤンデレという言葉を仕入れてきたらしい。
秋山さんが視察や付き合いでキャバクラに行くのが嫌だったのも最初だけで、他のお店に行って信頼を得ることも仕事なんだと理解できた今では前ほど嫌悪はしなくなった。
「ヤンデレって若い子はみんな知ってるんでしょ? りんちゃんやってみて」
「ええっ。そんな急にやってって言われても、私もいまいちわからないですよ」
「じゃあ、シチュエーション決めようか。俺がりんちゃんに別れ話を切り出した設定でどう」
「どうって言われましても」
「いいから。ね、やってみよう」
楽しそうな雰囲気を醸し出す秋山さんは渋る私を無理矢理向かい合わせにすると、テレビを消して私の雑誌を閉じてしまった。
「あのねりんちゃん、話があるんだ」
一瞬で変わった真剣な顔つきに、ドキリとする。
私も秋山さんに習って居直った。
「はい……どうしたんですか」
「もう好きじゃなくなっちゃった」
胸の辺りがざわついた。嫌な台詞だとつくづく思う。
演技派な秋山さんの雰囲気作りは中々なもので、本当にごっこ遊びなのか、不安になる。それでも秋山さんの要求に応えるために、自分の想像するヤンデレというものを演じてみた。
「私の何がだめだったんですか? 私は、秋山さんがいないと生きていけないです。別れるっていうなら、今、秋山さんの目の前で死にますから! ……こ、こんな感じでしょうか?」
「うーん……中々グッときたけど、聞いてたヤンデレとはちょっと違ったかなあ」
「難しいですねえ」
期待に答えられなかったことを残念に思っていると秋山さんは笑って頭を撫でてくれる。
「次は俺の番」と、楽しそうに言うから、それに従って今度は私が雰囲気作りの為に、撫でられたままだった手を掴んで拒んでみせた。
「触らないで下さい」
「あれ、りんちゃん?」
「私、秋山さんといても楽しくなくなっちゃいました。もう別れましょう」
「……りんちゃん、本気?」
その瞬間、空気が変わったのを感じた。
秋山さんの目が冷たくなり痛いほどに手首を掴まれ、思わず怯んでしまった。
「何が嫌になっちゃったの。俺がキャバクラ行くの嫌? りんちゃんが言うなら二度と行かないし、オーナーもやめるよ」
「あ、あの」
「りんちゃんが欲しいものの全てを与えてあげる。してほしいことの全てをしてあげる。りんちゃんが望むなら、消してほしいものだって消してあげる」
「あき、やまさん」
「こんなに愛してるのは俺だけなのに。なにがりんちゃんをそうさせちゃったのかなあ。ああ、わかった。最近仲良くしてる男いるね。そいつの入れ知恵だろ。俺のこと何か言われた? もしくは口説かれた、かな」
「ねえ、秋山さん、も、やだ。怖い」
「そっか、色々言われてりんちゃん混乱しちゃったんだ。可哀想に。りんちゃんの周りウロチョロしてて目障りだし、邪魔だよね。俺が消してあげる」
にっこりと笑った秋山さんの目が全く笑っていなかった。言ってることも掴まれた腕も全てが怖くて、今すぐ逃げ出したいのに体に力が入らない。温かさのない目を見ていられなくて、俯いて自分の震える拳をひたすら眺めた。
「って、感じかなー?」
フッと緩んだ空気に顔を上げると、さっきまでとは違う、いつものへらっとした笑顔があって、情けなくも目の奥が熱くなった。
泣きそうな私を見て秋山さんが慌てて頭や背中を摩ってくれる。その手の優しさに、私は本格的に涙を流してしまった。
「あーごめんね。怖かったよね。お願いだからりんちゃん、泣かないで」
「秋山さん、本当に、本当に怖かった」
ごめんごめんと繰り返して涙を拭ってくれる秋山さんはまるで自分が悲しいみたに眉をハの字に下げて困っている。そんな様子に安心して、泣きながらほっと息を吐いた。
「まさか泣かせちゃうとは。もうこんな遊びはやめようね」
是非そうしてほしいと何度も頷くと、秋山さんは苦笑しながら、でもね。と、続けた。
「全部本心なんだよ。次は遊びじゃなくて本気になるから、さっきも言ったりんちゃんの周りをウロチョロしてる男、早めになんとかしてね」
驚いて見開いた私の目には穏やかな秋山さんの微笑みが写っていた。
この警告には従わなくてはいけないと、私の脳が訴える。
声も出ないまま何とか首を縦に動かして見せると、安心したような表情の秋山さんに頭を撫でられそっと抱き寄せられた。
END
20160401
title thanks:Tears of...様
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