バレンタインに染まるデパートの特設売場を私はずっとうろうろしていた。
 今年はかなり奮発して自分用チョコを買うと決めて胸を躍らせて歩き回っていたけどいざ宝石のようなチョコやケーキを目にすると一つにしぼることができなくて、結果私はもう一時間半も売場を歩いていた。

 バレンタインまでまだ日はあるし今日はいったん帰ろうか。そんな考えが頭を過り、更に食い気より疲労が勝った私は売場の奥にある階段横のベンチに座った。

「彼氏にか」

 目の前に立った人が急に声をかけてきたのは、売場で渡されたカタログに目を通そうと表紙を開いたときだった。
 驚いて顔を上げると、そこには職場の同僚の立花くんが見慣れない私服姿で私を見下ろしていて更に驚いた。

「あれ、立花くんお疲れさま」

「なんだお疲れって、今日は休日だぞ」

「あ、じゃあこんにちは」

「……ああ。こんにちは」

 バカにするみたいにゆっくり強調した「こんにちは」を言い私の隣に座るとカタログを指でさした。

「彼氏か」

 そんなことを聞かれ自分用だと言うのが少し恥ずかしくなり苦笑しながら首を横に振る動作だけで答えると立花くんはすっと目を細めながら「ふうん」と唸った。

「どれを買うか決まったのか」

「種類が多くて悩んでるの」

 ぱらぱらとページをめくって自分が食べたいと思う何個かを見せていると途中でカタログを奪われしまった。真剣に見ている立花くんに返してとは言えなくて、手持ちぶさたに通りかかる人を眺めていると隣から「これだな」と声がして、近づきすぎない程度に立花くんの手元を覗いてみた。

「私はこれが好みだ」

 そこに写っていたのはファンタジーの世界をモチーフに作られた小さいケーキで色とりどりのフルーツを使っていてとても綺麗だった。しかし、使われている材料に私の苦手なものが入っていて私は食べたいとは思えなかった。

「う……ん」

「なんだ不満か」

「確かに綺麗だけど」

「買わないのか」

「うん。別のにしようかな」

「……本当に買わないのか」

「う、うん。別のがいい」
 
 じっと見つめられて少し怖くなり、カタログを取り返して私が一番悩んでる二つを見せた。

「この二つで悩んでるの。こういうのが好みだな」

「誰の」

「ん?」

「これは、誰の、好みなんだ」

 またしてもカタログを奪われた。しかし今度はそのページ叩いてまるで怒っているみたいに詰問される。
 立花くんの意見を採り入れなかったことがそんなに気に障ったのかと慌てて口を開いた。

「だって、立花くんが選んだやつ私が好きじゃない食材が入ってるから、私が食べたいのはもっとチョコが主役のやつなの」

 少し声を荒げた私の主張にさっきとは打って変わってぽかんとした立花くんだったけれどすぐ何かに気がついたような、納得したような声を出してから笑い始めた。

「そうかそうか。自分用のチョコを選んでいたのか」

 「なるほど」なんて笑い続ける立花くんにむっとなる。自分用にチョコを選ぶことが滑稽だと思う人の気持ちもわからなくはないけど、目の前で笑われるなんて思いもしなかった。

「違うんだすまない。高松を笑っているわけではないんだ」

 むすっとしたまま立花くんを見るが彼は違うと言いながらも未だに笑っているし、嬉しそうな雰囲気を隠さず出している。腸が煮えくり返るほどではないけど、失礼だとは思う。
 散々笑った立花くんは息を整えながら口を開いた。

「高松が売場を一時間ほど前からうろうろしているのを見かけて随分真剣だったから、てっきり本命チョコを選んでいると思っていたよ」

「い、一時間前から見てたの?」

「ああ。必死なオーラに声をかけづらくてな、そっちから気がついてくれたらと見ていたんだ」

 傍から見たら必死に見えていたことも恥ずかしかったけど、私はそれくらい前から立花くんがスイーツばかりの売場にいたことにびっくりしていた。

「立花くんはどうしてこんなところにいたの」

「今年のバレンタインは私も本命にチョコを渡そうかと思って」

 数年前に流行った『逆チョコ』というやつだろうか。
 立花くんはイベント事に興味はないと思っていたから感心した。

「私は逆チョコが定着するの期待してたんだけどダメだったね。じゃあ、立花くんはさっきのファンシーなケーキにするの?」

「いや、あれは私が食べてみたいやつだ。あれには私があげたい女の嫌いなものが入っているらしくてな」

 体が無意識にぴくりと反応した。立花くんの視線はまっすぐ真剣でそれだけでもドキドキするのに、私が嫌いなものを立花くんの好きな女の人も嫌いだという。うぬぼれだとブレーキをかける心と期待に高鳴る心が混ざって指先まで脈打っていた。

「私……チョコのこっちか、こっちが食べたい」

 未だに立花くんの手の中にあるカタログを恐る恐る指さす。私の真意に気がつくか、気がつかないか、はたまた気がつかない振りをするか。どんな挙動も見逃さないつもりでじっと見つめると立花くんは短く鼻で笑ってから、呆れた声を出した。

「どっちもなんて買わないぞ。片方を選べ。選んだら私が買う。高松はさっきのフルーツケーキを私に買えばいい」

 立花くんから出た贈り物交換の提案に顔が一気に熱くなった。もしかしてという気持ちが確信になって頭の中に湯気が篭ったみたいに考えがまとまらなかった。

「返事は」

「あっ。買います。立花くんの好きなやつ、買う」

 返事を急かされて慌てて出た声に立花くんはまた笑って、その穏やかな顔のまま立ち上がると手を差し出された。

「今日は飯にでも行こう。チョコはもう少し考えて決まったら二人で買いに来ればいいだろう。ほら、早く手を出して」

 ゆっくり手を伸ばすと、無理矢理掴むことはしないで重なるのを待っていてくれた。私の方が焦れったくなるほどだったのに何も言わずに。しかし、やっと触れたときに力を込めた。

「よし。行くぞ」

 弾む立花くんの声に頷いて優しく引っ張られる力に任せて立ち上がり隣を歩いた。
 今はまだ緊張が勝るけど立花くんの上機嫌な表情を見てこれが続いたら幸せだなと思えた。


END


20160415

ALICE+