「やだやだやだ! 俺は帰らない、りんとまだ一緒にいるんだ!」
恥も外聞もなく地面に転がりバタバタする男と知り合いであることを心底後悔した。
【じぇらっと】
「とりあえず服脱いでくれる」
「いやん。りんったら大胆でせっかちね。まだ玄関じゃなあい」
体をくねらせ品を作るおそ松くんは私の言葉を無視して家に上がろうとするから、思わず持っていたバッグを顔にヒットさせてしまった。
「いってぇ!」と顔を覆ってしゃがみこんだ彼に今のうちだと私は慌てて寝室へ走り、洋服ダンスの上段の部屋着スペースにしまってあったメンズのスウェットを引っ張り出し慌てた気持ちのままおそ松くんの目の前に立った。
「地面に転がり回った服のまま部屋に入って欲しくないの」
「お前なあ! だからってバッグをフルスイングするか普通」
「ここでこれに着替えて」
私の要求におそ松くんは口をとがせ面倒だと言ったが、私がそれなら玄関で飲み直そう。と、その場に座り込んでみせれば慌ててパーカーを脱ぎ出した。
「お前……男の着替えてるところガン見するってどうなの」
「着てた服はゴミ落としてから持ち込んでね」
「はいはい。わかったわかった」
まるでわかっていなそうな返事をするとシッシッと私を追い払う仕草をしたおそ松くん。人の往来がある道で転がり駄々をこねるのは恥ずかしくないのに、私に着替えを見られるのは嫌だなんてよくわからないが、ちゃんとパーカーを振ってゴミを払ってるところを確認し安心した私は、帰り道に買った缶ビールやチューハイおつまみが入ったビニール袋を持って奥へ入った。
テーブルに買ったものを並べていると無事に着替えたおそ松くんが現れ、ソファにどかりと座った。その顔には明らかな不機嫌を滲ませていていて、さっきバッグで叩いてしまったことを怒っているんだと感じ少し焦った。
「はい、ビール。コップいる?」
普段なら絶対にやらないけど、殴ってしまった負い目で缶を開けて渡すと、むすっとしたまま受け取りそのままガッと煽った。コップは必要ないなと納得して適当なお菓子の袋を開けてこっちもおそ松くんにどうぞ。と差し出した。
私のご機嫌取りに気分が良くなってすぐに何時ものようにヘラヘラ始まると思っていたのに、機嫌が良くなる気配はなく私の差し出したお菓子も受け取らず、それどころかブルブルと震えたかと思ったら勢い良く立ち上がった。
「お前は誰にでもこうなの!? こんなに用意良くて、扱いも慣れてて、常に男が側にいますってか。喜んで浮かれた俺がバカみたいじゃねえか」
「……え、何に怒ってるの? バッグで叩いたことじゃなくて?」
「そんなんどうだっていいんだよ。今問題なのはりんが男慣れしてるってことなの。なんで男物のスウェットなんか持ってんだよ。普通ないだろ、こんなん男いる証拠じゃん。どうしてくれんだよ俺の気持ち!」
そう怒鳴るとおそ松くんは肩で息をしながらソファに崩れ落ちるように座った。整える息の間に小さく「彼氏いないって言ったくせに」なんて聞こえて、何に怒っているかの検討がつき、呆れた。
「それ、私の部屋着だよ」
「嘘つけメンズのスウェットなんてお前にはでかいだろうが」
「寝間着も兼ねてるからね。緩いほうがいいの」
「嘘だ。俺は信じない」
「他の部屋着とか寝間着もメンズのスウェットとかTシャツとか買ってるんだよ。見てみる?」
「他の男の着る服なんかみたくないね」
腕を組んでツンとそっぽを向いてしまったおそ松くんの子供のような態度に苦笑が出る。しょうがないな。と、おそ松くんの手を引っ張って立ってもらった。
「なんだよ」
「いいから来て」
そのまま手を繋ぐように引っ張って洗面台も置いてある脱衣所に押し込む。
「ほら」
「いや、ほらって言われても……」
「男のために着替え用意するくらいなら歯ブラシだって置いてあるでしょ。でもほら、見ての通り」
最初なんの話しかわからないような表情だったけど徐々に意味が飲み込めたようで「なるほど」と納得の声を出したかと思えばそこからキョロキョロと男の影を探し出した。あらゆる棚を開け男物の髭剃りや整髪料がないかを見て、念のためお風呂場も見て、ようやく彼は信じてくれたようだった。
「紛らわしいんだよ。全く」
そう言いながらもどこか安心した様子のおそ松くんは、いつの間にかとっくにはなれていた手を取って今度は彼の先導で元いた部屋に戻った。
数歩の距離を手を繋いで歩いてそのままおそ松くんはソファに座り、引っ張られるように私も隣に座った。
「まあ、スウェットがりんのだってことは信じてやるよ」
「それはそれはありがとうございます」
「でも、誰にでもあんな風に尽くすのはやめたほうがいい」
「誰にでもはしないよ」
おそ松くんが私が叩いたせいで怒ってると思ったからご機嫌取りしただけだよ。と、続くはずだった言葉は、おそ松くんの湯気が出るほど真っ赤になった顔に驚いて止まってしまった。
「な、なーんだ。お前、俺のこと好きだったんじゃん。ふーん。そう……俺にだけねえ。もっと早く言えばよかったのに。りんがどうしてもって言うなら彼氏になってやってもいいけどなあ」
口元はにやけとんでもなく嬉しそうな真っ赤な顔のくせにつらつらと強がるような上から目線の台詞が出てきてとんだ勘違いにほんの少し苛立っておそ松くんの顔を覗き込んだ。
「私は彼氏になってやってもいい。なんて人の恋人にはならないよ」
「な、なんだよ。でも……俺のこと好きなんだろ?」
「おそ松くんは? 私の事好き?」
「なんだよそんなの、今更だろ」
確かに好意に受け取れるような事は言われたしされてきた。でも、決定的な言葉は聞いたことはない。私はちゃんとした言葉が欲しかった。
「好きじゃないんだ私のこと」
「なんでそうなるんだよ。今までのでわかるだろ」
「好きなら好きって言えるよ。でもおそ松くん言ってくれないから。私そういう人のこと真剣には考えられないな」
繋がったままだった手を解くと、途端におそ松くんの顔に焦りと絶望が浮かんだのが見て取れた。しばらく口を開いては閉じてを繰り返し、遂にギュッと目を閉じたのと同時に口を大きく開いた。
「好きだよ! 好き、すごく好き! どうしようもなく好きなんだよ! こ、これでいいだろ。俺の気持ちわかっただろ!」
「うん。わかった。じゃあ、ちゃんとおそ松くんのこと真剣に考える」
「……それって、どういうこと?」
「付き合うかどうか真剣に考える」
「なんでだよー! 俺好きって言ったのに、恥ずかしかったけど真面目に言ったんだぞ」
「嬉しかったよ本当に。でも、簡単には決められないよ。少し考えさせて?」
恋人になると言うには難しい問題が彼にはある。その私の思いを読み取ってくれた彼は、罰が悪そうに頭を掻くと「すごく前向きに検討してください」と、頭を下げた。それに習って「かしこまりました」と同じように頭を下げて、頭を上げたときに目が合って二人でおかしくなって笑い合った。
「スウェットの色が気に入らないな。なんで青なんだよ。赤にしろよ」
「それ紺色っていうんだよ」
「紺も青の一種なんですう」
唇を突き出す変な顔に笑っている私を見ておそ松くんが一瞬穏やかな顔を見せた。
真剣に考えるなんて言ったけど、私の心は絆されつつあると、居心地のいい空気に包まれて実感していた。
END
20160630
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