学園長先生の例の突然の思いつきでくのいち教室の教師もどこか委員会の顧問をやりなさいと言われ、動物が死ぬほど怖いのに生物委員の顧問になってしまった。
 基本は木下先生が今まで通りにやってくれるけど木下先生がいないときや手に負えないときは私も駆り出されるとのことだった。
 くのいちの教師として動物が怖いなんて言えず木下先生に頼まれたときに吹き出る汗をごまかして「やります」なんて言ってしまった。まあ、断れなかった理由は他でもない好きな人からの直々の頼みだったからと言うのも、とても大きいのだけれど。
 教師同士といってもくのいちとにんたまとではほとんど会えず、会議で顔を見れても声をかけるなんて本当に用事がなければ気軽にはできない。同じ委員会の顧問としてなら声をかける言い訳がたくさんできるという下心たっぷりで邪まな理由で引き受けた。

 そして今日は木下先生に連れられざっと活動の説明を受ける日だった。

「ほとんどは生徒が主体でやってるんであまりやることもないんだが、下級生が多いくせに委員長が代理だったりするもんでたまに助けが必要になるんだ」

「たまに、ですか」

「心配せんでも生徒が逃がした毒虫は今まで通り自分たちで回収させるから基本触らなくて大丈夫。エサやりとか体調みてやったりとか、生徒の数が足りないときにたまにお願いします」

 木下先生にしては穏やかに見える顔でそう言って飼育小屋に入ってしまった。金網越しに見るに、中はウサギだけがいる小屋のようだ。

「りん先生、どうぞ。入って入って」

 小屋の地面に向いていた視線を声のほうに持ち上げると初めて見るんじゃないかというほど素敵な笑顔で私に向かって手招きしていた。
 そんなことされたら入るしかないじゃないか。いや、そんなことされなくたって入るしか選択肢はないのだけれど……。
 意を決し大きく深呼吸を二度ほどして小屋の戸を開け中に入った。

「ウサギには一羽一羽名前があるんだ。向こうがうさ太、あっちがぴょん助、白いのはうさ雪、白くてお尻に黒い模様があるのがーー」

 木下先生の嬉しそうな顔を見れるのなら何も怖いものなどない。木下先生の声を聞いていれば動物なんて何でもない。愛はすべてを乗り越える。なんて自分に言い聞かせていたけれどどうやらそんなことはなかったようで、足元にふわふわしたものが通ったのを意識した途端木下先生の声が遠くなり目の前が白と黒に染まった。




 ふと目を開けると医務室の布団の中だった。上体を起こして辺りを見渡すと誰の姿もなく、遠くから生徒の声が聞こえ微かにいい香りも漂ってくるのを感じて夕飯時だと悟る。誰もいないのをいいことに大きくため息を吐いた瞬間何の気配も感じなかった廊下からそろりと戸が開けられた。

「ああ、よかった。起きたんだな」

 入ってきたのは木下先生でホッとした表情を浮かべて布団の横に座った。

「は、はい……」

 情けなさが勝ってまともに顔が見れない。少しの間気まずい沈黙を過ごしたとき木下先生が絞り出すように声を出した。

「すまなかった」

「え?」

 思わず顔を上げると木下先生は元々濃い眉間の皺を更に深くして辛そうな表情をしていた。

「動物が怖いんだってな。さっきまで山本シナ先生がいたんだが、彼女が教えてくれた。それなのに無理矢理生物委員顧問に引っ張り込んで本当に申し訳ないことをした」

 ついにはそのまま頭を下げられて私は慌てて傍らに這いよりその肩を押し上げた。

「そんな、やめてください。木下先生は何も悪くありません。忍者で動物が怖いほうがおかしいんです。それに正直に言わないで無様に倒れた私のほうが謝らなきゃいけないです」

 やっと顔を上げてもらったけれど表情は晴れない。

「本当は気が付いていたんだ。生物委員の顧問を頼んだ時、ほんの少し表情が曇ったのを。でもダメなのは虫なんだろうと決めつけて虫を遠ざける条件で押し切ってしまった。自分が……自分の欲に勝てず。ただ自分がりん先生と仲良くなれるきっかけがほしいという不純な気持ちで、りん先生の優しさを利用したからこんなことになってしまった。三禁を忘れ欲に溺れるなど……この木下鉄丸一生の不覚!」

 苦しそうに言葉を吐き出すと一気に滝のように涙を流しながらその場にうずくまってしまった。時々握った拳を床に叩き付けよく聞き取れない声を発している。その姿に最初は驚いたけど、人が感情的だと却って冷静になれるのか木下先生の言葉をゆっくりと紐解くことができた。そして真意がわかって安堵と愛しさが胸に込み上げてきた。それと共に自分の情けなさに悲しさも生まれた。

「先生。木下先生。顔を上げてください」

 もう一度肩に触れて少し頭が持ち上がったのを見てその両頬を手で覆って強引に目を合わせた。

「私も同じです。木下先生と同じ理由で引き受けたんです。少しでも木下先生とお話しできる数が増えるかもって不純な理由で怖いくせに生物委員の顧問を引き受けて。好きな人がいるなら怖いものも絶対平気だと思っていたんですけどそんなこともなくて、木下先生にも動物にもとても失礼なことしました」

 深く頭を下げて「申し訳ありませんでした」と、お詫びをすれば今度は木下先生に肩を掴まれ私が顔を持ち上げることになった。

「今、私を好きだと言ったのか」

「はい……言いました。私、木下先生が好きです」

「……ゆ、め、なのか」

「ゆ、夢じゃないです! 私の勇気を夢で片付けるんですか?」

 思わず声を荒げた私の声にハッとなった木下先生はわなわなと震え俯いてしまった。心配になって覗き込むとその顔は真っ赤に染まっていて目が合ったのと同時に勢い良く抱きしめられた。痛いくらいの力だったけど耳元で聞こえる「信じられん。夢のようだ」という呟きに私も恥ずかしさから今更ながら顔が熱くなっていて、それを隠すためにそしてまだ触れ合っていたい本音から何も言わずにされるがままでいることにした。

 結局私は別の委員会の顧問になることにしたのだけど、それを少し寂しそうにする木下先生を見て動物嫌いをなんとか克服できないかとひっそり努力する日々が始まるのだった。


END



20161231

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