【祝誕生日】


「聞いたぞ」

 げた箱に向かい降りる階段の踊り場に立っていた七松くんがすれ違い様にそう言った。誰に言ったのかと後ろを見るが誰もいなく、階段の下の方を確認しても同じく七松くんが声をかけたらしい人はいなかった。自分の顔を指さして私? と表情で訪ねると七松くんは大きく頷いた。
 七松くんとは委員会が同じで更に彼は委員長をやっている。だから話なんて委員会のことしかないし、何か急ぎで大切な用事なんだと思って聞き漏らさないように佇まいを正すと七松くんは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「ちょっと待ってろ」

 よくわからないけれどどこかワクワクしているように見える七松くんはスクールバッグをごそごそと漁りだした。見えてしまったバッグの中は綺麗とは言えなくて、七松くんも目的のものが見つからないみたいで「あれ、おかしいな」なんて言いながらぐしゃぐしゃの体操服をこぼれ落とした。

「ちょっと、体操服落ちたよ」

 少し土臭いそれを拾ってそこそこ綺麗に見えるように畳んで差し出しても七松くんは受け取らずに「ちょっとこっちも持ってて」なんて、更に汚れたジャージのズボン押しつけてきた。顔をしかめてみせても本人は見てもいなくてしょうがなくそのズボンを受け取り、半分に折って三つに畳んだところでやっと七松くんの「あった!」という声が聞こえた。

「見つかった? 何探してたの」

「ん、これ」

 私が体操服とジャージを渡すのと同時に七松くんは赤いパッケージのお菓子の箱を差し出した。お互い受け取り合うと七松くんはせっかく畳んだ服を乱暴に仕舞っていて、反論したい気持ちは湧いたけどとりあえず心で思うだけに留めて手元のお菓子を見た。

「これ何?」

「新商品のお菓子。そういうの好きだろ」

「うん。好きだけど……くれるの?」

 まさか呼び止めて見せびらかすだけってことはないだろうけど念のため聞いてみれば七松くんのあの人好きのする笑顔で「ああ。プレゼントだ」なんて言い放った。
 正直彼からものをもらう理由が思いつかなくてどんな反応を返していいかわからなかった。そんな反応の薄い私を見て七松くんが少し傷ついた顔をした。

「やっぱりそんなのじゃ嬉しくないか?」

 そんな七松くんに申し訳なくなって慌てて笑ってみせる。

「そんなことないよ。甘いもの食べたかったから丁度よかった。ありがとう」

 そう言ってお菓子のパッケージを七松くんに見えるように掲げて軽く振って見せた。少しでも喜んでることを表そうとした行動だったけどそこで気がつく。
 箱の後ろにメッセージが書けるようになっていてそこにボールペンで何か書いてあったのだった。

「あれ……?」

 見ればHAPPY BARHDEY! と書いてありその時の汚さと綴りの間違いが何とも七松くんっぽくて笑ってしまった。

「プレゼントって誕生日プレゼントか。何かと思ったよ」

「なんだよ。誕生日にプレゼントって言われたら何かわかるだろ」

「うん……そうなんだけどね」

 確かに誕生日の当日なら例えおめでとう言われなくてもプレゼントと言われれば何のことかわかったと思う。ただ、残念なことに私の誕生日は一ヶ月とちょっと先だった。それを傷つかないように伝えるにはどうすべきか、いっそ言わなくてもいいんじゃないか。なんて悩んでいるとどうやら七松くんのほうが察したようで顔がひきつった。

「もしかして誕生日、今日じゃないのか」

 申し訳なくて苦笑して頷くと、目に見えてショックを受けた七松くんが壁により掛かって手で顔を覆ったまま動かなくなってしまった。
 さっきは理由がわからなかったから素直に喜べなかった。何か企んでるんじゃないかと心配にもなったけど誕生日を祝ってくれたとなれば話は別だ。恋人でもない人の誕生日を知ってるほうが珍しい。

「七松くん、誕生日まだ先だったけど、でも嬉しいよ。本当に。これ食べたことないやつだったから試してみたかったの。だから早めのプレゼントってことで。ね。七松くんありがとう」

 肩や肘を数回叩いて気にしないでと繰り返すと七松くんは手をそっと下ろして機嫌を伺うように私を見た。

「さっき人から聞いて慌てて買ってきたんだ。でも違ったんだな」

「別の人の話だったかもね。私は気にしないよ」

「俺が気にするんだ。本当の誕生日にもっとちゃんとしたプレゼント選ぶからリベンジさせてくれ」

「ええっ。そんなのいいって、もう十分だから」

「俺がやりたいんだってば。俺がおまえを喜ばせたいの!」

 このまま断り続けてもずっと話しが終わらない気がした。なにより七松くんが私を喜ばせたいなんて思ってくれたことが嬉しくて恥ずかしくて、顔がにやけてしまうのを数回の咳でごまかして私は頷いた。

「わかった。じゃあ誕生日は七松くんからのビックサプライズを楽しみにしてるからね」

 期待値を上げたことに慌てる七松くんはどうしようこうしようとその場で悩み始めてしまった。その様子に笑いながら七松くんのバッグを引っ張るときょとんとした顔を向けられた。

「とりあえず今日は帰ろう? これ一緒に食べながら帰ろうよ」

「ああ、帰るか!」

 赤く染まった嬉しさの滲む顔に甘酸っぱい気持ちになり、そしてその甘酸っぱさが胸を暖かくした。


END


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