拍手夢1(副官夢主)



 気持ちよく寝ているところなのに、名前を呼ぶ声がする。時間的にはまだ寝ていても大丈夫なはず。起こさないで、もうちょっとだけ寝かせて、と思い、枕に顔を埋めて耳を覆うように体勢を変えた。その後に肩を揺さぶられて、いよいよ寝ていられなくなって顔を上げたら、満寵殿が爽やかな笑顔を浮かべて前に座っていた。

「え!あれ…!?」
「おはよう。よくその体勢で眠れるね」

 両目をこすって現状を把握する。場所は執務室の中で、昨日の格好のまま机に伏せていた。しかも自分が枕だと思っていた物は書きかけの書簡だった。そういえば昨日この書簡を完成させようとしたけど途中あまりの眠さに少しだけ目を瞑ろうと思ったような気がする。きっとそのまま寝落ちてしまったんだろう。寝落ちするならまだしも、満寵殿に起こしてもらうまで気付かないなんて不覚だ。満寵殿の言葉には嫌味を感じないからまだよかったけど、このとんでもない状況にさっと血の気が引いた。そんな私の気持ちも知らずに満寵殿は笑顔で頬の辺りを指差した。

「顔に書簡の跡が付いているよ」

 驚いて顔に触れたら、頬にぼこぼこした跡が付いているし、なんなら涎も垂れていた。急いで口元を拭い、涎でだめにしてしまった書簡もぐしゃっとまとめる。

「申し訳ありませんでした…!すぐに顔を洗ってきます…!」

 満寵殿から顔を背けて立ち上がろうとしたら、足に力が入らなくて体勢を崩し、そのまま床に崩れ落ちた。足を曲げたまま寝ていたらしくて、感覚がない。これは感覚が戻ってきたら酷い痺れが来るやつだ。その前に汚い顔だけでも何とかしようと思い、這ってでも部屋を出ようと思ったのに、腕にも頭を乗せていたせいで腕も痺れ始めた。足の感覚もなくて腕も痺れて全く動けなくなり、情けなくなってそのまま床に力尽きた。満寵殿は気を使ってくれているのか、必死に笑いを耐えている様子だったけど、たまに我慢できなくなった笑い声が漏れている。さっきまで血の気が引いていたのに、今は恥ずかしさで顔が熱い。

「満寵殿…本当に申し訳ないのですが、女官に桶と布を頼んでもらっていいですか…。動けません…」
「もちろん。ちょっと待っててね」

 満寵殿はそう言うと部屋を出ていった。満寵殿にこんな頼みごとをするのは申し訳ないけど、これで満寵殿にこれ以上とんでもない姿を見られくて済む。ほっとして気が緩んだのか、足の痺れを感じ始めた。じわじわと強くなっていく痺れに耐えていたら、足音が戻ってきて顔の側に桶が置かれた。

「ありがとう…。…え?」

 痺れる腕に力を入れて何とか体を起こしたら、何故か満寵殿が水に布を浸して絞っていた。その絞った布を広げて不器用にたたみ、差し出された。

「はい。これで顔を拭くといい」
「ありがとうございます…」

 勢いで受け取ってしまったけど、驚きでそのまま固まってしまう。私の予定では女官が来てくれて色々と頼もうと思っていたのに、満寵殿だと頼み辛いじゃないか。

「あの、女官は」
「ああ、これくらいなら私一人で充分かなと思ってね」
「女官に色々頼もうと思ったのですが…」
「まだ動かせないようなら私が拭いてあげようか?」
「それはお断りします!」

 ふいと満寵殿に背を向けた。どうして満寵殿に寝起きのしかも涎の垂れた汚い顔を間近で見せなきゃいけないのか。全て自分のせいだけど、満寵殿にそんなことまで頼めるわけがない。まだ痺れる腕を何とか動かせないか軽く曲げたりしていたら、足に激痛が走った。

「い゛っ…!」

 なって振り返ったら、満寵殿が左足に触れていた。この人は一体何してくれているんだ。力を振り絞って足を引くと、すんなりと手を引っ込めてくれた。

「ごめんごめん。こんなに痛いものなんだね」
「他人で試さないで下さい…!」

 睨んでみたけど、まだ痛みが引かなくて涙目だったから全然睨めていないと思う。笑っている満寵殿に段々いらいらしてきたからせめてもの反抗と思ってもう一度顔を伏せた。


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