不器用な引力


「凄い雨ですねえ」

ざあざあと可愛い擬音では表せない大雨。
この雨を予想して傘を持ち歩いた人間は恐らくいないだろう。

「竜さん、傘忘れちゃったんですか」

父の知り合いである彼は玄関先でタバコを吸いながら、墨をこぼした半懐紙のような空を眺めていた。

「……うちで雨宿りしていきませんか」

傘を貸してすんなり帰らせるような気分ではない。私の言葉に振り向いた彼は自由気ままな野良猫のようだった。




もう随分使っていない客室に彼を招き入れた。円窓の向こうにはすっかり紅に染まった立派な紅葉が佇んでいる。亡き父のこだわりが詰まった日本庭園だ。見かけによらず、わびさびとやらを気にするような人だった。

「お茶淹れて来ますね」

窓の外を眺めてうんともすんとも言わない彼にそう告げて部屋を出る。無口なのはいつもの事だ。
お茶菓子など食べるのだろうか?甘いものを好む姿はあまり想像できないが、とりあえず適当な物選んでみる。

「悪いな」
「……風が出てきたわ。お部屋が濡れちゃうから窓を閉めますね」

背中に視線を感じながら窓を閉める。
さてどうしようか。自分で招いたのはいいものの話題がない。

「最近調子はどうですか、その、麻雀のほうは」
「…………普通だ」
「そ、そうですか……」

麻雀の事など全く知らない。突拍子もないことを聞いて変に思われただろうか。
彼と父は麻雀をよく打つ仲だったらしい。いつからの知り合いなのか、どこで知り合ったのか、そんなことは分からない。父を慕ってくれていたということだけが彼をもてなす理由だった。

「あンたの方こそどうなんだ」

よし、上手く会話を繋げられたぞ。
竜の吐いた煙が空中でゆらゆらと揺れていた。その煙で、愛煙家だった父の記憶が否が応でも思い出される。

「父の付き合いが広かったおかげで忙しくさせていただいてるわ。一周忌を過ぎてもお墓参りに来る人が多いの。みんなたばこをお供えしていってくださるのよ。もうお店がが開けてしまうくらいだわ」

キャメルの黄色い箱はもう見飽きたほどで、父の遺品が置かれている寝室に山積みになっている。生前の父ならそのラクダの印の山に泣いて喜んだだろう。

「尋ねて来るのがヤーさんばっかりじゃ、じいさんもあの世で泣いてンな」
「初めはすこし怖かったけど、もう慣れたわ」

彼は珍しく口角を上げてそう言った。

「…………あの件、今どうなってるか知ってるんですか」

少しの沈黙の後で、そんなことを聞いてみる。雨脚が強くなったような気がした。
亡くなってから知ったことだが、父はとある組の幹部だったという。その組織の一部の構成員が私を狙っているらしい。有力幹部だった父の娘である私と結婚すれば、後継者争いで優位に働くとでも思ったのだろうか。

「あンたが気にすることじゃない」
「そ、そんな!私のことなのよ!」
「……深入りするな」

父が死ぬまで私にその職業を隠していたのも、きっと私を守るためなのだろう。今までお墓参りに来た刺青だらけの怪しい男たちも、私に何か父の職について語った人はいなかった。

「なんとかしてくれるんですか」
「……」
「あ、ちょ、ちょっと!」

彼はお茶には一切手をつけず、そのまますたすたと玄関のほうへ歩いて行ってしまった。古い家の床をギシギシと鳴らしながら歩く彼の後ろ姿を追いかける。

「待って!」

手をめいっぱい伸ばして彼のシャツを掴んだ。それに反応して急に止まったので、私はそのまま彼の背中に飛び込んでしまう。後ろから抱きつくような形になってしまい慌てて三歩ほど後ずさりした。男らしいがっしりとした感触を思い出してしまい顔が火照る。慣れていないせいか、今にも茹で上がってしまいそうな程恥ずかしく感じた。

「あ、えと、竜さん……?」
「…………目立つことをするな。繁華街には行くな。戸締りをちゃんとしろ。夜に墓参りに来たやつは案内するな」

こちらを振り向かずにそう告げる。借りるぞ、と一言言って、彼はビニール傘を手に取った。

「また様子を見に来る」

止める間も無く彼は去ってしまう。何も言えずにただその後ろ姿を見ていた。門をくぐろうとして一度だけ振り向いた彼に、何となく手を振ってみる。サングラスと距離のせいで表情はよく分からない。……また来てくれるのだ。仲良くなるのは、その時でもかまわないだろう。



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